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■リューネ

【タイトル】 "花の聖女"(上)
【作者】 リューネ・ヴェルデ・カルティーナ

—ゼムリア大陸中央に位置する七耀教会総本山、
ここ"アルテリア法国"。
《空の女神》エイドスを頂に掲げ、大陸最大級の
大聖堂であるアルテリア大聖堂をその象徴として
日々数多くの信者や観光客を集めている。
…だが、あなたは知っているだろうか。その大聖堂に
続く回廊の片隅に、わずかに差し込む日の光のもと。
ひとりの少女の石像が、眠っていることを…
——彼女の名前は"ラウラ"。七耀教会に携わる者にも
あまり知られぬ、聖人のひとりである…

—時は中世までさかのぼる。
《暗黒時代》と呼ばれる混乱の時代が終焉を迎えた頃。
あるひとりの少女がこの世に存在していた。
やわらかなローザの髪、きらり輝くアメジストの瞳、
そして何より…その愛くるしい微笑み。
そのすべてが、彼女の存在を匂い立たせていた。
現在大聖堂前の広場は、とても美しく整えられている。
しかし、当時は乱世の末。エイドスのお膝元と言えど、
石畳を美しく整備する資金など皆無に等しかった。
ところが、その少女はでこぼこであったはずの当時の
広場の石畳をくるくると回り舞い踊っていたという。
足場の悪さなどまるで感じぬかのごとく、
ただ軽やかに、髪をたゆたせ、春風のように…
不自由を知らぬ小鳥のように両翼を広げ舞い踊った。
光のしずくを輝かせて咲く、大輪の薔薇が散らすロッソ
を想わせる彼女の舞は、希望を探し求めた当時の人々の
瞳に鮮烈に映ったことは想像に難くない。
中には感動のあまり泣き崩れる者もいた、という噂さえ
残っている。
—来る日も来る日も、彼女は踊り続けた。
人々は彼女がどこから来たのか、一体何者なのか知らぬ
ままだった。しかし人々は彼女の舞を讃え続けた。
誰もが彼女に見とれ、人々の表情は次第に笑顔に
なっていった。
いつしかアルテリア周辺に住む人々は毎日のように
彼女の舞を見に行くようになった。
彼女の存在は、彼らにとって希望の光となりつつ
あったのだ。
—だが美しい存在ほど脆く崩れやすいものはない。
当然のごとく彼女のことを良く思わない輩がいたのだ。
それは当時の七耀教会の司祭たちだった。
理由は簡単なもので。今まで《空の女神》という後ろ
盾を元に人々の上に立っていた彼らにとって、人々の
心を奪っていくの彼女の存在は強烈な嫉妬や羨望の
対象でしかなかった。
そしてついに、《空の女神》への信仰心を取り戻すとい
う名目の元、彼女の殺害が目論まれたのだった・・・

■リューネ

【タイトル】 "花の聖女"(中)
【作者】 リューネ・ヴェルデ・カルティーナ

—ある寒い冬の夜のこと、その少女は可憐なリズムに身
を任せていた。人々が家路につく中踊り続け、彼女以外
に人影が消えうせてしまった…    その時だった。
か細い彼女の肩を黒い腕が掴んだ。
純朴なアメジストがくるりと振向き、凶器が月に照ら
され鈍い銀色を帯びる。
その瞬間夕闇の中に紅が散った、そう司祭たちは
ほくそ笑んだ。が、その少女からそのしずくがこぼれ
ることはなかったのである。
切れたはずの首元からは、ぽろりと薔薇の花弁がこぼれ
落ちたのだった。その勢いは止まることを知らず、
まるで咲き誇っていた大輪の華が突然消え去ってしま
うかのように、無数の花弁が宙へと舞い上がった。
散りゆく美しいロッソが司祭たちを、竜巻のように包み
こんでいった・・・

 

——どのくらいの時間が過ぎただろうか。
強烈な紅に飲み込まれ、意識が途切れたところまで
しか思い出せなかった。
が、意識の戻った司祭たちは思わず己の眼を擦らず
にはいられなかった。
" ジャルディーノ・フローラル(花の世界) "
そよ風に揺られるアネモネ、静かに佇むアイリス。
百合のビアンコ、向日葵のジャッロ、さくらのローザ。
何度目を擦ってみても結果は同じだった。
それどころか、蝶まで舞っているのが見えてくる。
小鳥のさえずりさえ鮮明に聞こえてきた。
よろよろとふらつきながら、だが意識ははっきりして
おり、すぐさま立ち上がった。
・・・一体なにがあったというのか。
司祭たちは誰ひとりとして己がどういった状況にいるの
か理解できないでいた。
"華の楽園"、そう呼ぶにふさわしい光景にただ呆然と
するのみだった。
ふ、と一人の司祭の視界にロッソが映った。見覚えの
ある紅色。どんな花よりも鮮烈に瞳に焼きつくそれ。
ぽつん、と。棘や緑葉に囲まれ、咲き誇る一輪…
光るしずくに花弁を濡らし、他のどんな花よりも存在感
のあるその薔薇の花は、凛とひとり佇んでいた。
無意識にそこにいるすべての司祭たちが"彼女"に視線
を吸い寄せられてしまった。
美しい、ただその一言さえも飲み込んでしまうほどに、
その薔薇は輝きを放っている。
いつか人々に希望を抱かせたその愛くるしい微笑みを
司祭たちに向けていた。
彼らの脳裏には、この"少女"の殺害を企て、その存在
を消し去ろうとした夜のことが過った。
ところが、"彼女"の暖かな微笑みに、憎悪や恐怖と
いった負の感情は溶かされてしまったのである。


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