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■山木糸子

【タイトル】 ブライト家の午餐
【作者】 山木糸子

 漆黒の少年を流とするなら、相対する軍人はまさに
剛。疾風のごとき薙ぎを、棒はいとも簡単に打ち返す。
 舌打ちをしたヨシュアは猫のように着地すると、鋭い
瞬発力で再び地を蹴った。千切れた草が風に舞い上が
り、迎え撃つカシウスが悠然と目を細める。
「来い、ヨシュアッ」
「望むところだ、父さん!」
 闘志を剥き出しにした視線が交錯する。相手の次の次
の手まで読んだ斬撃は、流麗な舞のよう。一撃目はフェ
イク。二撃目で相手の姿勢を崩す。そして三撃目、双剣
は陽光に輝き、銀の軌跡は弧を描いて父を圧倒しようと
する。
 しかしカシウスは薄く口角を吊り上げただけであっ
た。山のごとき静けさで迎え撃った彼は、一撃目を見切
り、二撃目を受け流し、三撃目を唸る棒の一閃で叩き斬
る——。
 渾身の一撃を弾かれたヨシュアは反動で上方に飛び上
がる。だが次の瞬間、首筋に悪寒が走った。棒が鎌のよ
うに振り下ろされようとしている!
「ぐっ!?」
 身を捻ったが、完全にかわすことは出来なかった。左
肩に焼けつく痛みが走り、着地と共に地を転がる。
 しかし父の追撃に容赦はない。止めを刺すために蛇の
ように迫ってくる。
「その程度か」
「く、僕は……っ!」
 左手が痺れ、力が入らない。痛みをこらえ、ヨシュア
は父を睨み付けた。
「僕は、負けるわけにはいかないんだ……!」
 そうだ。膝を折るのはたやすい。目を閉じるのはたや
すい。立ち向かうのをやめ、闇に没してしまうのは、と
てもたやすい。
 しかし、大切な人々の面影が彼の心に火をつける。カ
リンの横顔、レーヴェの後姿、そしてエステルの笑顔。
かけがえのないものたちが彼の背中を押してくれる。
 血の味のする唾を飲み込み、土埃に塗れた体で立ち上
がる。全身の血流が滾り、ヨシュアの表情を獣のように
した。すぐそこに迫る父の元へ、咆哮と共に飛び込む様
はまさに閃光。
「食らえっ、秘儀、幻影奇襲!!」
「行くぞ、奥義——鳳凰烈波!!」
 時が圧縮され、迸る力の奔流は渦を巻いて膨れ上がっ
た。木々は荒れ狂う風に軋み声をあげ、空へ伸び上がる
光の柱は雲を突き破って辺りを真白に染め上げた。

 風が戻り、父と子は着地した姿勢のまま背を向け合っ
ている。沈黙の後、どさりと倒れたのはヨシュアであっ
た。
「息子よ。腕を上げたことは認めよう、だが私には程遠
い」
「く……」
ヨシュアは唇を噛み締める。カシウスが背を向けたま
ま語るのは、せめてそんな息子の無様は見てやらないと
いう優しさだろうか。声音には、敢闘者への深い敬意が
込められている。
「約束だ、ヨシュア」
得物を収めたカシウスは、青空を見上げ、燦然と言い
切った。

「そういうわけで、エステル特製コロッケの最後の一個
はお父さんが頂く」

 ベランダで戦いを見守っていたレンは、一つ余ったコ
ロッケを横目に首を振った。
「エステル。この家はおかず一つでこの騒ぎなの?」
「あは、あはは……」
ブライト家の午餐は、本日も平穏である。


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