≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫

■ku-ya

【タイトル】 世界の果て、人の記憶の片隅で
【作者】 ku-ya

「あ、ハルさん起きました?」
 身じろぎしただけで起きたことを看破され、ハル
はしぶしぶ目を開けた。
「シクロ」
「はい、何ですかハルさん」
「うるさい」
「おはようございますが先ですよ。朝の挨拶を欠か
す人は嫌いです」
「そうかい。だが、俺は真夜中に朝の挨拶ができる
ほど酔狂じゃないんでね」
 寝過ぎてクラクラする頭を押さえながらなんとか
身体を起こす。
「今回は回復まで一ヶ月でした。少しずつ早くなっ
てますね」
「俺としては三日ぐらいにしてほしいんだがな。い
い加減、ベッドが棺桶ってのは勘弁してほしい」
「贅沢ですよ、普通の人は死ななきゃ入れないんで
すから」
「死んだと思われたから入れられたんだろうが俺は」
 ざっと身体を確認してハルは思う。
 シクロの力があってこそだということは分かって
いるが、よくもまあ、あの瀕死の状態から何度も回
復できるものだ。
「今の状況は?」
「囲まれてるみたいですが、まあ問題はないかと。
ハルさんのお寝坊のせいでこうなったんですから、
責任とって下さいね」
「元々そのつもりだ」
 いったい俺が守らないで誰がこいつを守ると言う
のか。
 たった十一歳にして世界から大半から狙われてい
るこの少女は、身体に埋め込まれたアーティファク
トのせいで人の身に余る力を持つ。
ある組織は利用するために、またある組織は保護す
ると言っていたがそれは保管の間違いであろう。誰
も彼もがシクロの力のことしか考えていない。
人の平和は遊撃手が、国家のルールは軍や警察が守
る。
 ならば、少女一人くらい自分の手で守ろう。遠い
昔、ハルはそう決めた。
「あ、またハルさんのただでさえ怖い顔がさらに悪
人面になってます。そんな顔してると怖いヘビの組
織に狙われちゃいますよー」
「狙われてるのはお前だろうが。何度も言うが、あ
んまり離れるなよ。離れられると守ってやれない」
「それはわたしの台詞です。ハルさんに離れられる
と、守ってあげられません」
 だな、とハルは顔をしかめる。本当に守られてい
るのは、いつもハルの方だった。自分の力不足が疎
ましい。
「……あ、あの、そこはうるさいじゃないんですか
? なんかズルいですっ、いつも皮肉しか言わない
のに急に素直になる人は嫌いです!」
「そうかい」
 ほら、と未だ座り込むシクロに手を伸ばす。彼女
が自分を嫌っていることなど分かりきっていること
なので痛くも痒くもない。
 だが、自分のために一人では立つことができない
ほど疲労した姿を見るのだけは、今でも胸が痛くな
る。
「でっ、でも」
 そっと、遠慮がちに握ってくる小さな手。
「たまになら、いいですから。ハルさんなら、たま
にだけ素直になることを許してあげます」
「安心しろ、もうこんなことは二度とない」
「……むぅ、許すって言ったのに」
 抱き上げると腕の中でシクロは不満そうに頬を膨
らませた。とりあえず頬をつまんで空気を抜かせる
と、ハルはゆっくりと歩き出す。
 どこかに逃げるためでなく、ただ一緒にいるため
に歩き出す。


≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫