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■paparia

【タイトル】 吾輩は猫である〜コッペの瞳から〜
【作者】 paparia

 私はコッペ。この大都会の目まぐるしく移りゆく時間
と人々を、街外れにあるこの古ぼけたビルで見守って来
た、黒猫だ。
 この建物から声が消えてしばらく、平穏な暮らしを堪
能していたのだが、ある日若い人間たちが数名住み着い
た。また騒がしくなるのだろうか。
 その日の夜、青年が一人私のところへやって来た。先
住民に敬意を払うことのできる、今時感心な青年であっ
た。何か悩んでいたようにも見えたのだが、いかんせん
私は人間の言葉を発することができない。若いうちは、
そうやって悩み抜き、自ら答えを出すことも必要なの
だ。

 すっかり春めき、私の毛が生え換わり始めた頃、ビル
に白い狼がやってきた。別段恐れるわけではないが、私
に食事を与えに来る若者たちが苦笑いをしているのを見
ると、彼らのほうが戸惑っているようだった。
ツァイトと名乗ったその狼は、彼らの仕事に付き合っ
たり手助けしたりと気まぐれな毎日を送っている。物好
きな奴だ。
私も彼らのことは気に入っている。うるさくしないし
昼寝の邪魔もしない。よこしてくる食事は美味だ。義に
は義を持って返す私は、ささやかな礼をもって返してい
るつもりだ。
あの夜、悩みに表情を曇らせていた青年は、今では晴
れ晴れとした笑顔を見せていた。はて、どこかで見た眼
差しのような気がするが、思い出せない。私も歳だ。

 この頃、街の様子がおかしい。ヒゲがピリピリするほ
どに、街中が何か不穏な空気に包まれている。人々の表
情も、どこか不安げだ。
だがこのビルの中では、毎日が晴天のようだった。新
しくやってきた子供が太陽のような笑顔を振りまき、若
者たちを癒している。無思慮に触れてくる子供はあまり
好きではない私だが、この子供はまるで私の考えが解っ
ているようで、不作法に触れたりはしない。それは心地
よかったし、その子供自体も嫌いではない。この頃は外
に出るより、建物に居ることが多くなった。
だが僅かに張り詰めた青年達の表情に、私はこれから
何かが起こるであろうことを予感した。

 そしてそれは的中した。
建物を無骨な連中が取り囲み、とんでもない勢いで破
壊活動を開始したのだ。青年達が撤退するとそれは止
み、謎の連中は彼らを追って行く。私はそれを屋上から
眺めていた。薄情などと言うなかれ。私には私の、彼ら
には彼らのすべきことがある。そして今まさに彼らは、
それを成しに行ったのだ。
私にできることは、あの強い意志を湛えた瞳の青年達
が帰るこの場所で、いつものように待っていることだ。

 また平穏な日常が戻って暫く、ようやく思い出したの
だが。
あの青年に似た眼差しの男に、昔会ったことがある。
私がまだ幼い子猫だった頃、私に構ってくる男がいた
のだ。大きな手で無粋な撫で方をされたものだが、不思
議と嫌ではなかったのを覚えている。
あの男は、今はどうしているだろう。
いつかまた会いたいと、まだ若い彼らを見ていて思っ
た。

■paparia

【タイトル】 wanna be...
【作者】 paparia

 セシル姉が「それ」を持ってきたのは、梅の蕾が膨ら
み紅く染まってきた頃だった。
 特務支援課分室ビル、304号室に置かれたそれは、東
方風の着物を重ねた女性と、黒い装束に身を包ん
だ男性の人形が並んでいる。素朴な顔立ちではあるもの
の、とても艶やかで美しく気品に満ちた顔立ちをしてい
た。
「えっと、セシル姉…、本当にもらっていいのか?」
「ええ、私はもう飾らないものだしね」
 図書館司書のおじさんが文献を見つけてきたらしい、
ある地方でこの時期に行われるお祭り。"雛人形"を飾
り、女の子の成長を祝い願うのだそうだ。
「ねえロイドっ、食べ物とかタンスとかがあるよ!どう
して?」
「えーっと」
 さすがに異国の風習に詳しくないから、視線を向ける
とセシル姉は笑って応えてくれた。
「ふふふ、これは、"嫁入り道具"なのよ」
「ヨメイリ?」
「これはね、昔の貴族の結婚式なの。王子様とお姫様、
仕える人達…家具はお姫様が持ってきたもの、ってこ
と」
 なるほど。一番上の男女が新郎新婦で、侍女と祝いの
音楽を奏でる者達、兵士ということか。よく見れば籠の
ようなものもあるし、なかなか興味深くて面白い。
「ケッコン?って?」
「好き同士の男の人と女の人が、自分達の家族を作ろう
って約束することよ」
「それって、ずっと一緒にいること?」
「そうよ。キーアちゃんもいつか、そんな日がくるかも
しれないわね」
 俺は少しだけ、この話をセシル姉に振ってしまったこ
とを後悔した。セシル姉には兄貴がいた。でも、もうい
ないのだ。
「他の人と一緒に暮らすの?ロイド達も一緒?」
「いえ…さすがに私達は一緒ではないかと…」
「じゃあキーア、結婚なんかしないもん!」
 俺には両親がいないし、エリィもティオも両親とは離
れ離れ。ランディに至っては…俺には分らない。
「ま、キー坊がそうしたいって思う奴と、ってのが条件
だな」
「キーア、一緒にいていいの?ロイド達と"カゾク"が
いいよ」
 けど、この子は両親どころか、自分のことさえも分か
らないんだ。この子が思うことや望むことに間違いがな
いなら、俺はそれを叶えたい。
「…もちろんだよ、キーアが望む限り、俺達は一緒だ
よ」
「いつか、キーアがここを離れる時がくるかもしれな
い。でも…私達がお互いを大好きだと思うのは、ずっと
変わらないことなのよ」
 俺達は同僚であり仲間であって、血の繋がりなんてど
こを探しても見当たらない。でも、お互いを想い助け合
い毎日を生きていく。それだけはきっと、変わらないこ
と。
 これを家族と言わずして、なにをそう呼ぶというんだ
ろう。

「そうだわロイド、気をつけてね」
「え?」
「雛人形は早く片付けないと、お嫁に行き遅れてしまう
そうなの」
「……」
「…ロイドさん、片付け、ちゃんとしましょうね」
「え、あ…」
「そうだなぁ、キー坊が行き遅れちまうなんて、一大事
だぜ」
「で、でも、結婚とかまだ」
「その通りね、ランディ。…ね、ロイド?」
「…はい」


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