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■弥生 鳴

【タイトル】 とある温泉の出来事
【作者】 弥生 鳴

 ——ツァイスの南にある温泉地、エルモ村。
「い、いい湯だな」
<重剣>を背負った赤髪の青年、アガット・クロスナ
ーは露天風呂につかり、しかしその体は緊張で硬直して
いた。
「はい、いつ入っても、気持ちいです」
その隣にはアガットの胸にも満たない体躯の金髪少女
、ティータ・ラッセルが気持ちよさそうに湯につかって
いたからである。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
そして無言。
アガットは何か喋りたくてもうまい言葉が見当たらず
、ティータは温泉につかることしか考えていないため、
二人は動かずじまいだった。
「あー、その悪いな。気のきいたことの一つや二つ言え
なくてな」
「ふぇ?」
アガットのその一言に、のんびりとしていたティータ
が慌てた表情でアガットを見た。
「こういう時に他の奴らみたいな面白いことの一つや二
つ言えたらいいんだけどな」
アガットは自嘲するように言うが、ティータはアガッ
トの手を掴み、首を横に振って言った。
「こうやって一緒にいるだけでも楽しいですよ」
満面の笑みにアガットは思わず顔を紅潮させ、それを
見られないように手を振りほどき、顔を背けた。
「初めてエステルお姉ちゃんたちとここに来た時と同じ
くらい楽しいって思ってるんです」
「ん、あぁ、あれか。じーさんが誘拐された時の奴か…
…ってお前、今『たち』って言ったか?」
アガットは先程までの紅潮した顔から問い詰めるよう
な顔でティータを見た。
「え……あ、はい。エステルお姉ちゃんとヨシュアお兄
ちゃんと……」
「ヨ、ヨシュアだと?」
アガットの脳内に優しげな表情の少年が浮かぶ。
「あ、はい。そういえば、あの時初めて……」
「ク、ククク、あいつ、俺のティータの初めてを……ク
ク、いい度胸じゃねぇか……」
「……お姉ちゃんとお兄ちゃんとできて………ってア、
アガットさん?」
アガットはすさまじい怒気を発したまま、ティータに
背を向けて言った。
「ティータ、ちょっと、やらなきゃいけないことができ
たみてぇだ」
「ど、どうしたんですか?」
「少し用事を思い出して、な!」
アガットは立ち上がりそのまま脱衣所へと駆けていっ
た。
「あ……いっちゃった……」

 ——王都グランセル、ホテル・ローエンバウム。
「っ!」
黒髪の少年、ヨシュア・アストレイは突然身震いをし
た。
「ん? どうしたの、ヨシュア」
その隣にいた元気そうな栗色の髪の少女、エステル・
ブライトが心配げな顔でヨシュアの方を見た。
「い、いや。なんか突然ものすごい嫌なモノを感じて…
…ね」
「んー、誰か噂してたんじゃない?」
「それだけだといいんだけどなぁ……」
数日後、ヨシュアが突然誰かに襲われたのは言うまで
もない。


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