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■千葉 実

【タイトル】 紅耀珠と蒼耀珠
【作者】 千葉 実

 明日の夕刻までに調査結果を持ち帰る為に、まもなく
クロスベル駅へ到着する列車に乗らなければいけないの
はグレンも分かっていた。
 しかし彼の極秘任務について知る娘を無視し、去るこ
ともできなかった。

 ただ、彼女の澄んだ瞳は蒼耀珠のように美しかった。

 

 レミフェリアからの定期飛行船の乗客、グレン・マグ
ニアは、クロスベル空港に降り立つなり深いため息をつ
いた。
1ヶ月にわたる調査を終え帰路に付いたものの、故郷
への道のりはまだ長い。
クロスベルから大陸横断鉄道で広大なカルバート共和
国の東端に向かい、更に導力バスで南下、終着地である
国境の村からは徒歩で森林を抜け、ようやく大陸の東の
果てにある彼の祖国—《セルラ王国》に辿り着くのだ。
しかし乗り継ぎの都合上、彼は朝のクロスベルで1時
間程暇を持て余すことになってしまった。

 グレンが時間つぶしを兼ねて食事を取る為に向かった
東通りは、東と西とが交じり合う灰色の《魔都》クロス
ベルの中でも東方系移民が多いことで知られている。
炒飯の香ばしい匂いのする龍老飯店のカウンターで彼
は一息ついた。
色素の薄いレミフェリア人の中でこげ茶の髪に紅の瞳
のグレンは嫌でも目立ったが、暗い色の髪が多いここな
ら少しは気が安らいだ。

 無論彼が任務中に常に緊張状態にあったのは、外見の
せいだけではない。
かつて《ラの国》と呼ばれたセルラには《七の至宝》
のうち火を司る至宝があったと言う秘密の伝承がある。
グレンの父はその秘密を護る組織の長で、今回彼が息
子に与えた任務はレミフェリアに水を司る至宝があるの
ではないかという仮説の検証だった。
レミフェリアが秀でている医療という分野は、水のア
ーツとの共通点が非常に多い—医療の発展は水の至宝の
恩恵に因る、と考えたのだ。
失われた火の至宝に対し、もし水の至宝が蘇っている
とするならば、組織にとって由々しき事態だ。
水は火にとって脅威でしかない。
そして、今回彼は至宝に関する重要な秘密入手したの
だった。

 食事を終え、考えに耽っていたグレンが気づくと、隣
に銀髪の娘が座っていた。
美しい顔立ちの彼女は微笑みかけ、口を開いた。

「おはよう、セルラの秘密組織員、グレン・マグニア。
七の至宝に関して、レミフェリア公国での
諜報活動に成果はあったのかしら?」

 決して人に知られてはいけない内容を語る初対面の少
女にグレンは戸惑いを隠せなかった。
グレンはこの旅において、医療機器を学ぶ共和国から
の留学生であり、名乗ったのも偽名だけだった。

「私、公国の諜報・工作員なの。
敵方のアナタに秘密を知られたなら、
生かしておけないわ。」

 内容とおよそかけはなれた明るい声で彼女は続けた。
戦闘民族の中で育った彼にとって、敵の不意をつき圧
倒するのは難しいことではない。
しかも相手は華奢な娘である。

 だが、厄介なことに彼は名も知らぬ敵の蒼い瞳に一瞬
で魅了されていたのだった。


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