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■ろって

【タイトル】 天道虫のうた
【作者】 ろって

随分と空の青い日だった。
ふと、彼の背中に違和感を覚える。
白いジャケットの上を、小さな赤い丸が移動していた。

「待って、ヨシュア」

呼ばれた少年は足を止め、呼んだ少女に振り返る。
彼女は彼を押しとどめると、その背中に手を伸ばした。

「なに、エステル…」
「テントウムシ!」

彼女がつまみ上げたのは、ぷっくりとした赤い丸。
黒い星が7つ、光沢のある背に付いていた。
掌にそっと落とすと、右へ左へちょろちょろと動き回
る。
しかし、人差し指を立ててみれば、テントウムシはは
たと気づいたように、空を指さすその先へとまっすぐ
に歩き出すのだ。

「不思議よね。どうしてテントウムシって上に行きた
がるのかしら。」
「習性だからね。…お天道様に恋をしたから、なんて
話もあるけど」
「そうなの?」
「…エステルは本読まないから知らないよね」

む、と彼女は口をとがらせる。
しかし、再び掌でテントウムシを遊ばせると、楽しそ
うに彼に尋ねた。

「ねぇ、それってどんな話?」

 

「大昔のこと。テントウムシは土の中に住んでいて、
体も真っ黒でした。しかしある時、土の中から這い出
して太陽に出会いました…」

テントウムシは土の中 黒に躰を染め上げて
ひたすら真上に進んだら ついにぽくりと這い出した
初めに見たのは黄金色 空に輝くただひとつ

テントウムシはよじのぼる 高い木の幹 枝の先
青色の空にただひとつ 輝くあのコに恋をした
焦がれて背中は赤くなり あのコに届けとのぼりゆく

テントウムシは空駆ける 小さな躰で風を切り
だけれど彼は疲れ果て とうとう下へとまっさかさま
焦がれる想いにじわじわと 涙があふれて止まらない

いつの間にやら土の上
彼の見上げた空の果て

あのコは優しく笑ってた

 

「…っていう話」
「ちょ、ちょっと待ってよ!テントウムシは太陽に辿
りつかないの?」

思いがけず終わってしまった話に、彼女は食い下がる。
すっきりしない、と言いたげな予想通りの反応に、彼
は小さく笑った。

「この話はね、こういうエピソードがあっても未だに
テントウムシが空に向かう習性を持っているってこと
が肝なんだ」

数秒考え、あ、と彼女は口元を綻ばせる。
届かない思いを胸にしつつも、未だに太陽に向かうテ
ントウムシ。
努力や根性に好感を持つ彼女には向いた話だ。

「そっか、それならいいわね」
「…と言っても地域によって解釈が異なるから、テン
トウムシがフラれて終わりだったりもするけど」
「水差さないの!」

彼女が肩をすくめる。
ごめん、と謝りながら、彼は笑いを堪えなかった。
そして彼女の手の中のテントウムシを見やり、口を開
いた。

「…僕は、テントウムシの気持ちが届かないなんて思
わないよ」

彼女がきょとんと首を傾げる。
彼は彼女の手から自分の手にテントウムシを移すと、
人差し指を空に向けた。
テントウムシが、迷いなくまっすぐに彼の手をのぼっ
ていく。

「僕は君に届いたからね」

指の先にたどり着いたテントウムシは、ぱっと羽を広
げると、青い空へ吸い込まれていった。


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