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■清水晶良

【タイトル】 神童のたそがれ・前
【作者】 作者不明

 むかしむかし、ある小さな町に「神童」とよばれた
子がいました。
とてもあたまがよく、一回読んだ本はぜんぶおぼえて
しまいますし、どんなスポーツもその子に勝てる子は
いませんでした。
ただ一つ、魚つりだけはおとなりのお兄さんに
勝てませんでした。

「ねえお兄さん」
今日もいつもの川で、いつものようにつりをする
お兄さんに、いつものようにしつもんします。
「どうしてぼくはお兄さんに勝てないのかなあ?」
何回おしえてもらっても、何回やっても、いまだに
勝ったことがありません。
「そうだねえ。きみは『魚心』というものを
考えたことがあったかな?」
「うおごころ? ことわざなら知ってるよ」
あたまのよい子なので、魚心あれば水心という
むずかしい言葉も知っていました。
「じゃあそのことわざのいみをいってごらん?」
「お魚さんが住みたいなと思ったら水の方も
きれいになってお魚さんが住みやすいようにするって
ことでしょう?」
「それを元にしてどんないみになったかは知ってる?」
「……知ってるけどよくわかんない」
そっか、とつぶやいてお兄さんは手元のつりざおを
引き上げました。つり糸の先に七色にかがやく
きれいな魚がついていました。
「おっ、レインボウか。これだけつれたから夕飯は
さしみだな」
「……ずるい。ぼくはまだぜんぜんかからないのに
お兄さんのバケツもういっぱい」
「なあに、そのうちあっというまにコツをおぼえて
おいぬくさ。なにせきみは」
「神童だっていうんでしょ? ぼくが神様の子なら
どうしてお兄さんにできることがぼくにできないの!」
とつぜんそうさけぶと飛び出してしまいました。

「なんでつりだけできないの……くやしいよ……」
泣きじゃくりながら歩いていたら町の外に
出てしまいました。
まわりは木ばかりで昼間なのにうすぐらいところで
急に不安になりました。

「いいかい? けっして町の外に出てはならないよ。
とくに森に入ってはいけないよ。こわいこわい魔女に
さらわれてしまうからね。そうなったらおしまいだ。
死ぬよりもつらいことをいっぱいされてしまうよ」

 長老様がいっていたことを思い出しました。
(どうしよう、魔女にさらわれちゃうのかな)
いやだ、と思いいました。
「か、かえらなきゃ」
けれどきた方に戻ろうとしているはずなのに、
どんどん見おぼえのない風景になり、すっかりまっ暗に
なりました。どうしていいのかわからなくなり、
しゃがみこんでしまいました。
そんなとき、声が聞こえてきました。
「あら、男の子かしら? 町の子? 迷子かしら」
金色の長いかみの毛をかるくゆらし、おだやかな声で
はなしかけてきました。
「お姉さん、だれ?」
「近くに住んでいるの。こんなおそい時間に出歩いたら
あぶないわ、うちで一晩休んだらどうかしら」
この人がわるい魔女なのかとも思いましたが、
こんな美人が魔女のわけないと思い、ついていくことに
しました。

■清水晶良

【タイトル】 神童のたそがれ・後
【作者】 作者不明

 お姉さんにつれられて歩いていくと、木がなくなった
ところにある小さなログハウスにつきました。
「シチューの作りおきがあるから、あたためるわね」
そういうと手早く夕食の準備をしました。すぐに
あたたかい料理がテーブルに並びました。
料理はどれも今まで食べたことがないようなおいしい
もので、不安はすっかりなくなりました。
夕食が終わるとお姉さんはいいました。
「どうしてあんな場所にいたの?」
本来子供がいるはずのないところにいたのだから、
気になって当たり前です。答えようか迷いましたが、
いいました。
「つりができなくて、くやしかったの」
「そうだったの。じゃあつりできるようになりたい?」
「うん」
「私ね、つりができるようになる方法知ってるわ」
「本当? おねがい、おしえて! ぼくくやしいんだ」
にっこりとほほえみ、いいわよといってくれました。
「つりはね、魚が考えていることを考えるのが大事よ。
たとえばエサに魚が思わず食べたくなるようなものを
使ったり、つるところも魚が安全でいられる、つまり
隠れやすいところをねらったりするの。エサは腐ってない
食べ物や、元気なミミズや小エビ、小魚がいいわ。
つるところはね…………」
おねえさんの話はとてもわかりやすく、かえったら
すぐにつりをして、お兄さんを見返してやろうと
思いながら、どろのようにねむりました。

 夜が明け、朝食を食べおわると、お姉さんに手を
つながれて街道を歩き始めました。
「この道を通っていけば町につくのよ」
「そうなの?
ねえ、お姉さん、また遊びに来てもいい?」
「うふふ、だいかんげいよ。おうちの人にはちゃんと
いってからいらっしゃいね。……ほら、見えてきたわ」
見おぼえのあるえんとつが遠くに見えます。
「このまま町までつれていってあげるわ。長老様にも
ごあいさつしたいから」
そういうとつないだ手をぎゅっとにぎりしめて
くれました。なぜか心までにぎられたように思い、
ぼんやりしてしまいました。
「やくそくだよ、またあおうね!」
ねんをおしたところで、ちょうど町につきました。
「あとは一人でおうちにかえれるわね?」
「うん、またね!」
そういって走りだし、まがりかどでふりかえると
お姉さんはこっちに手をふってくれていました。

「ふふ、あっちからきてくれてよかったわ」
「して、どうじゃ?」
「いいわね。少なくともほかの子よりそしつがあるわ」
「ではたのんだぞ」
「わかってるわ。あのかたのためにも
しっかりそだてましょう」

「お兄さん、勝負しよう!」
今までとうってかわってたくさん魚をつる少年は
知りませんでした。お姉さんのせなかに大きな
あざがあることを。そのあざは人の目のような形を
していることを。


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