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■親父フェニックス

【タイトル】 軌跡逆行
【作者】 親父フェニックス

 今まで以上に周りが見えるようになってきた。
当然それは上官にもわかっていたらしく、さして難しく
ない任務の後に異動を言い渡され、
とある地方の警護の代表となった。
 おそらく後々軍内部で力を持つだろう自分に世界を
見る機会を与えているつもりなのだろう。
後は、やはり自分を妬ましく思う人物の不満を
爆発させない為に左遷にも見えそうな配属を、
ということだろう。
 前者は善意で後者は悪意。
 人の心はどうにでもなるのだ。

 ここは長閑な場所で、
住人も軍の先達も新参者に温かかった。
張り詰めていた糸が緩まった気がする。
それは今まで無理をしていたということ。
ガス抜きという視点もあったのかと気付いた。
やはりまだまだ精進が足りない。

 長閑な環境は魔獣にも影響するのか、この地の魔獣は
滅多に人を襲わず、また動きも緩慢だ。
私としてもできれば殺したくないのでありがたいが、
実戦の剣が鈍らないか心配だ。
鍛錬は欠かさないが、
極論だと剣の道は殺しの道である。
剣は殺す為の武器だ。
殺すことに快楽を感じたことはないが、
国を護るために必要だというのなら
私はこの手を血に染める。

 ここは全てが緩く停滞している。
この環境は剣士にとっては致命傷だった。

 だから、だろうか……。

 その日私は自分で見回りを行った。
腰に差した剣が脈打っている。もちろん錯覚だ。
だからこれは私の現状の表れだった。
それに気付かなかったのが第一の後悔。

 何かが聞こえた。
それは山の中、緑で覆われたその中に異色を発見する。
一気に高ぶって駆け出した。
足が軽く感じる。剣が笑っていた。
時間の経過とともに情報が多くなる。熊型の魔獣、
追われているのは女性。
柄に延びた手の神経が肥大した。地を蹴る力を倍増して
魔獣に飛びかかる。
彼我の距離が私の間合いになる直前で
女性は私に気付いたことで転び、
魔獣は丸太のような腕を振り上げた。
巨腕は容易く女性を引き裂く。しかしその腕が
女性に届く前に私は魔獣を飛び越えていた。
一瞬後、魔獣はその首から上をなくし
地鳴りとともに沈む。
斬撃の感触は最上だった。
自賛しながら剣に付いた血を払い振り向く。
女性の顔は恐怖に満ちていた。

「大丈夫ですか?」

 笑顔を心がけ手を差し出した。

 その瞬間に洩れた声は忘れられない。
恐怖する彼女の瞳は、真っ直ぐ私に向けられていた。
これが二つ目の後悔。

 事後処理はいつ終えたのか、
気付いたら近場の木に寄りかかっていた。
あの瞬間、私はヒトではなかった。
何かを斬る機会を喜び、斬った感触に忘我した。
人を護ることも忘れ、自分の欲に走ったのだ。
軍人ではなく道を外れた剣士として私は在ったのだ。
優しい雰囲気のこの地にいるのは
凶暴な魔獣ではなく、狂気を持つ私だ。

「私は、軍をやめるべきかもしれないな……」

 心よりの言葉は風に舞い、

「——やめてしまうのですか?」

虚空に消える前に伝わった。

「————」

 見ると、彼方に一人の女性が佇んでいた。

 ——そして、カシウス・ブライトは出逢った。


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