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■カイラード・ヴァレンタイン

【タイトル】 吟遊詩人
【作者】 カイラード・ヴァレンタイン

 吸い込まれるような青空が見える、
ある町の大通り。
 そこから、空にお似合いの澄んだ歌声が、
溶けるように昇っていく。
 歌声の出所は、人だかりの中心の黒衣の青年の
ようだ。
 リュートの見事な演奏と相まって、往年の名曲は
輝きを増している。

——愛してる ただそれだけで
二人はいつかまた 会える——

歌い終えた瞬間割れんばかりの拍手が
大通りに巻き起こった。
青年の前に置かれた皮袋には、御捻りのミラが
次々と投げ入れられていく。

—吟遊詩人—

 今は廃れた流浪の演奏家。
だが、その服装や顔の切り傷、腰に帯びた、
鍔元に導力器が付いた剣など、その風貌は
遊撃士や猟兵を髣髴させる出で立ちだ。

 人だかりが散り終わると彼は、今日の宿を探そうと
大通りを歩み始めた。
が、その背中に声が掛かる。幼い少女だ。

 「お願いが…あるの…」

吟遊詩人以外の仕事が、来た瞬間だ。

 ——依頼を伝えたいから。

 そう言われ、路地裏まで来た青年は、
むさ苦しい男達に取り囲まれていた。
剣、斧、導力銃と様々な凶器をその手にした男達に。

このお人好しめ…

 まんまと騙された青年に向けてそんな声が
聞こえてきそうだ。
実際にその声が聞こえたような、苦々しい
表情で剣の鍔元の導力器を拳で数回叩きながら
青年は周りを見る。
10人、はいるだろうか?

「その剣、渡してもらおうか。」

 一人の男が凄みのある声で用件を告げる。
お断りだ、と口を開きかけたが、男達に拘束された
少女が目に入り、その言葉は飲み込まれる。

「ついでにさっきの歌の稼ぎもよこしな!」

少女を拘束している大柄の男がニタニタ笑いながら
要求を追加する。

ヤレヤレ…

青年は皮袋と剣を男達に無造作に放り投げる。
ガハハハ、と男達から下品な笑い声が上がった。

 「貰ってばっかりじゃ悪いからな、
俺達からもプレゼントをくれてやるぜ!」

 細身の別の男が笑いながら言うのを合図に
男達は青年に向かって一斉に凶器を向ける。
が、緊迫するその瞬間、

 「モテモテだな、相棒。」

 その発言は、青年以外の全員をギョッさせた。
青年が投げた剣が、喋っているのだ!
男達が固まった一瞬、青年は飛び出す!
轟!と、響く様なその速さは、瞬く間に
先ほど投げた剣を毟り取り、少女を拘束している
男を殴り倒す!
取り戻した剣をゆっくりと抜き放ちながら、

 「ムサイ男にモテたってうれしくねぇよ。」

 ぴしゃりと言い放ち、刃を構える。

 「こうなりゃ力ずくだ!掛かれぇ!!」

 凶器を振りかざし、襲い来る男達に、
黒い閃光となって迎え撃つ青年!

 勝負は一瞬だった。

 閃く光刃は瞬く間に男達を大地に沈める。
男達を打ち倒したのを確認した青年は
剣を収めながら、呆然としている少女に歩みよる。

「ちゃんと内緒にしろよ?」

 数回、優しく頭を叩き、ウィンク一つ残すと青年は、
踵を返し通りへと戻っていった。

今日もまた、別の町の通りで人だかりが
出来ている。
そして、風変わりな吟遊詩人が
変わらぬ澄んだ歌声を空に昇らせてゆく。

 青い…蒼い空に…。


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