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■蒼龍

【タイトル】 北のかもめ
【作者】 ホアメイ・ツァイ

 カルバード共和国には、探偵と呼ばれる者達がいる。
 主に人物調査と事件の予防措置を行う存在であるが、
一般市民に馴染みのある職種ではない。主たる業務の
多くが、遊撃士の業務と重複している為だ。
 特に治安の悪い共和国や隣国クロスベルでは、
警察機関以上の信任を得る程の組織である。
探偵の出る幕など、常識的に考えて無いと言える。

 しかし、それは彼等の本当の顔ではない。

 彼等が真に生計を立てる為に引き受けているのは、
到底表沙汰に出来ぬ危険な依頼ばかりだった。
中にはマフィアと契約を結び、彼等自身が
手のつけられない危険な仕事の代行や、専属の
交渉人(ネゴシエーター)として活動する者も居る。
その『危険な仕事』の中には暗殺などの、明確な
犯罪行為も多分に含まれていた。
遊撃士が表の便利屋ならば、探偵は裏の便利屋。
それが探偵という仕事を知る者達の暗黙の了解だった。

「成程。『赤い星座』と『黒月』が、ねぇ」

 クロスベル自治州国境沿いの大都市アルタイル。
導力車の往来盛んなこの都市の繁華街の外れに、
『陶伯特探偵事務所』の看板を掲げた小さな事務所が
あった。
壁には新聞記事のスクラップが無造作に貼られ、
机には様々な資料が乱雑に散らばり、室内には
煙草の臭いが充満している。

「……ああ、わかった。それじゃあ、切るぞ」

 四十がらみの東方系の男は通信を切ると、
椅子にどかりと座ってぷかりと煙草の煙を吐いた。

 ロベール・タオ。アルタイル市は元より、
共和国の裏社会全体でも名を知られた探偵である。

「結局『チャイカ』の一人勝ちって所かね」

 ぽつりと呟く。先日の依頼を思い出していた。
東方人街最大のマフィア『黒月』と、
ノーザンブリア系最大の組織『チャイカ』との
秘密協定締結の仲介である。

 チャイカ。表向きにはノーザンブリア系の
総合商社として活動している貿易会社であり、
『ノーザンブリア復興支援基金』の元締めでもある。
しかし、これもまた彼等の顔の一面でしかない。
北方最強を誇る『北の猟兵』の四割を傘下に収める
巨大猟兵派遣組織。それがもう一つの顔だった。

 赤い星座もまた、西方最強と呼ばれる猟兵団だ。
チャイカの協力を取り付けた黒月との抗争は、
殆ど戦争に等しいものとなろう。

(……まあ、どうにかなるものでも無いがね)

 思索を打ち切り、煙草を灰皿に押し付ける。
恐らく数年前から準備されていた抗争だ。
依頼を受けようが受けまいが同じ事である。

 不意に、彼の顔が引き締まった。階段を上る
かすかな足音と気配を感じ取ったのだ。

(今日は決まった依頼が無い日の筈だがな)

 一般人からの依頼などまず無い職種である。
いわくつきの人々からの依頼なら事前連絡がある。

 やがてドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ。鍵はかかっていない」

 部屋に入って来る相手の動向を観察すべく、
鋭い眼差しでドアの方向を見据える。

 瞠目した。入って来たのは十四・五と見える、
明らかに裏社会の人間とは見えぬ少女であった。


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