炎の半人前 Shotr Stories
 [ 第三回 ]

それから。
パ・ランセルとヘピタスは部屋から飛び出していった。
ゼノスブリードが放つ炎の弾の轟音を追いかけて、お屋敷の中を走って行く。
あたしは、二人とは反対の方向に走った。
召喚具の部屋へ!
ヘピタスとパ・ランセルが頑張ってくれてるおかげで、あたしはすぐに目的の場所までたどり着くことができた。
棚の中から『猛爆の剣』をつかみとる。
剣とは言うけど、手のひらに乗るくらいのミニチュアなの。
これを使えば、オーンヴィーヴルを召喚できるわ。
…そうそう、ついでに他の召喚具も持っていった方がいいわね。
そのへんの袋に詰め込んで…

どっかーん!

あたしがいくつかの召喚具とネイティアル大全を袋に詰めて背負ったとき、おなじみの轟音がとどろいた。
ゼノスブリードがここまで来ちゃったんだわ。
「マスター!」
ヘピタスが飛び跳ねながら、目の前の廊下を駆け抜けて行く。
パ・ランセルものたのたと続いた。
さっきより、余計に焼け焦げたみたい。
「今、助けてあげる!」
あたしはヘピタスとパ・ランセルを追いかけてきたゼノスブリードの前に立ちはだかった。
「見てらっしゃい!」
猛爆の剣を右手にかざし、左手の人指し指を天に向ける。
おなかの下の方に気を集中して…
「出でよ、オーンヴィーヴル!」

「ショーォオッ!」

かん高い奇声のような気合いと共に、炎の狂戦士が現れた。
三日月型の大鎌を担いで立つ姿は、ゼノスブリードにも見劣りしないたくましさ。
笑っているのか泣いているのかわからない銀色の仮面の奥で、青白い瞳が二つ燃えている。
色とりどりなカーニバルの衣装が、とっても鮮やかでオシャレなの。
オーンヴィーヴルは頼もしい強さと早さで、ゼノスブリードに斬りかかった。

ショーォオッ!
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ガキン!

重たい金属同士がぶつかる音が響く。
オーンヴィーヴルの鎌が、ゼノスブリードの爪とかみ合った。
二つの巨大な火のネイティアルが、互いの武器を押しては戻す。
どっちも全く譲らない。
超重量級の力比べだわ。
見ているあたしも、思わず力が入っちゃう。
いけー、やっちゃえー!

そして、戦いはネイティアル大全に書いてあった通りの結果をもたらした。
力比べなら、オーンヴィーヴルの勝ちなのよ!
ゼノスブリードは徐々に押されて、とうとう自慢の爪を折ってしまった。
拮抗していた力の一方が萎えたことで、もう一方は勢いを増す。
オーンヴィーヴルは高らかに笑った。
巨大な鎌が、一閃、二閃。
空気と一緒に、ゼノスブリードのぬらぬらしたトカゲ肌が切り裂かれていく。
「やったあ、ざまーみろぉ!」
あたしったら、つい、下品な言葉で喜んじゃう。
ゼノスブリードは、ついに背中を向けて逃げ出した。
すかさず追いかける、頼もしいヒーロー・オーンヴィーヴル。
あたしとヘピタスとパ・ランセルは、大喜びで後に続いた。

炎の魔神ゼノスブリードと炎の狂戦士オーンヴィーヴルは、あたしたちなんかとても追いつかないようなスピードで、お屋敷の中を追っかけっこしていった。
あたしとヘピタスとパ・ランセルは、調子に乗って、それを追いかけた。
もう、ほとんど、ヤジ馬。
ヘピタスは大笑いしながらハンマーを振り回しているし、パ・ランセルは南の国のダンサーみたいにくるくる回っている。
あたしに至っては、途中の部屋で見物用のお菓子まで調達する始末。

そんなこんなで浮かれながらあたしたちが追いついたとき、オーンヴィーヴルは、悪い魔神を台所の隅に追い詰めていた。
さすがの炎の魔神も、これじゃゴキブリね。
薄暗い台所の片隅で仕留められちゃうんじゃ、最強のネイティアルもカタナシだわ。
行け行け、やっちゃえ、オーンヴィーヴル!

…が。

事態は、とんでもない方向に転換していた。
せっかく獲物を追い詰めたのに、オーンヴィーヴルはとどめをさそうとしていない。
笑っているのか泣いているのかわからない銀色の仮面が、戸惑いの色に染まっている。
対して、満身創痍のゼノスブリードは、不敵な笑い声をあげていた。
両腕を上にあげ、頭の上に大きな何かを掲げている。
「あ…アレは!」
ヘピタスが真っ青になって、逃げ出した。
次の瞬間、ゼノスブリードが大きな黒いかたまりを、オーンヴィーヴルに投げつけた。

ガシャン!
…ばっしゃーん!

二つの信じられない音がした。
最初の音は、陶製の水瓶が割れる音。
次の音は、水瓶の中身が辺りにぶちまけられる音!
「うっそォ〜っ!?」
あたしは抱えていたお菓子を落っことした。
天井の梁に当たって、水瓶が砕け散る。
水が、花びらのように広がって、オーンヴィーヴルを包み込んだ。
炎の狂戦士は、大鎌を持ったまま硬直し、あっという間に蒸気となって消えてしまった!

「わっはっはっはっは!」

ゼノスブリードの勝ち誇った笑い声がこだました。
なんて頭のいいヤツなの!
ワザと逃げて、ここへ誘い込んだのね。
それにしても、どうして台所に水瓶があるなんてことを知ってるのかしら…

その理由が、マスターとネイティアルの経験と記憶が一致するからだ、と気付く前に、ゼノスブリードの反撃は始まった。
道具がたくさん置いてある台所では、思うように逃げることもできない。
あたしは、じゃがいもの入った箱につまづいて、転んだ。
足をかすめて飛んでくる炎の弾。
じゃがいもの箱が一気に燃え上がって、たちまちベイクドポテトの山ができあがった。
おいしそう、なんて言ってる場合じゃないわ。
どうしたらいいの、助けて、おっしょうさま!

泣いても叫んでも、どうにもならなかった。
暴走しているクセに悪知恵の回るゼノスブリードは、とんでもないものに目をつけた。
スパイスが並んでいる棚の一番下にある壷。
炎の魔神は、一か月分の油がたっぷり詰まった壷に、近づいて行く。
あんなのに火がついたら、大変なことになっちゃうわ!
「イケナイ」
パ・ランセルがのたのたと、しかし勇敢にゼノスブリードの前に立ちはだかった。
「わっはっはっはっは…」
炎の剣が、焼け焦げだらけのパ・ランセルをはじき飛ばす。
そして、油の壷に炎の弾が炸裂した。
「マスターッ!」
ヘピタスの絶叫。
炎に包まれるパ・ランセル。
飛ばされるあたし。
なにもかもが、スローモーション。

どっかーーん!

猛烈な爆音が空気を切り裂いた。
目の前が真っ赤な炎に染まる。
耳が痛くて、もう音が聞こえない。
あたし…しんじゃう…の…?
ごめんなさい、おっしょうさま。
でも、許してくれないだろうなあ…

…なにやってんの、半人前!

死を覚悟したあたしの心に、なつかしい声が響いた。
目を開けると、火の海の中に紫色のドレスが見える。
巨大なゼノスブリードが、炎の中で揺らめいている。
紫色の人影は、白い腕を頭の上に伸ばして叫んだ。

「アップタイド!」

鋭い声。
なにもないはずの天井から、大粒の雨が落ちてきた。
どしゃぶり。
南の島のスコールが、炎の海に降り注ぐ。
床には、あっと言う間に波が起こった。
恐怖のゼノスブリードが、消えて行く。
後には、焼け焦げた上に水浸しの台所と、火傷だらけでずぶぬれのあたしが残った。

どしゃぶり
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*     *     *


「半人前!
 半人前ちゃん!」
おっしょうさまの憎ったらしい呼び声が響いた。
慣れない大工仕事に一生懸命なあたしは、返事をする気にもならなかった。
焼け焦げだらけ、穴だらけのお屋敷なんか、もう取り壊しちゃえばいいのに。
新築のお屋敷の方が、ずっとステキじゃないの。
修理させるなんて、あたしへの当てつけなんだわ。
カナヅチでワザと大きな音を出して、聞こえないフリをする。
突然、左右の耳が別々の方向に引っ張られた。
「あたたたた…」
「師匠に呼ばれたら、返事くらいしなさい」
いつのまにか、おっしょうさまが後ろに立っていた。
じんじんする耳をさすりながら、振り向くと、一段と艶やかな紫のドレスが目に入った。
また新しいドレスを作ったのね。
「出かけなくちゃならないの。
 お留守番、お願いね」
…はいはい。
あたしは、黙って首を縦に振った。
しばらくはおとなしくしてなくちゃ。
ゼノスブリードを出しちゃったのはあたしだし。
火傷も治してもらったし。
なんにも言い返せないわよね。
「どこへ出かけると思う?」
おっしょうさまは、ちょっと笑って、あたしの鼻先に指を突き立てた。
「今夜は、パーティなのよねー…」
わざと、うらやましがらせるような言い方をする。
意地悪よね。
でも、挑発には乗らないわ。
ここで頭に血が上ったら、もっとからかわれる。
この人の生きがいは、あたしをからかって遊ぶことなんだから。
「今日はおとなしいのね?」
おっしょうさまは残念そうにため息をついた。
そーよ、あたし、オトナになったんだから。
つまんないことで、怒ったりしないんだもん。
今度のことで学習したのよ。
あたしは、黙々と床の穴の修理にいそしんだ。
おっしょうさまは、唇に指を当てて、意味ありげに微笑む。
それから、歌うように独りごとを言った。
「…本当はびっくりしたのよ。
 ゼノスブリードを出すなんて、称号を得たネイティアルマスターでもなかなか出来ないわ。
 あなたは、やっぱり、私が見込んだ弟子なのね」
あたしは、カナヅチを打つ手を止めた。
おっしょうさまの後ろ姿が、ゆっくりと部屋から出ようとしている。
「まぐれとは言え、レキューも出せたようだし。
 水が出せないなら出せないなりに、オーンヴィーヴルを使うことも出来たしね。
 もし、台所に水瓶がなかったら、なんとかなっていたんじゃないかしら」
…えっ?
どうしてそれを?
あたし、話してなかったはずなのに。
質問しようとしたところで、おっしょうさまがゆっくりと振り向いた。
両手の人指し指を上に伸ばし、ちょちょいと回す。
あたしの召喚ポーズとおんなじ!
「ゲンキカ、半人前」
頭の大きいパ・ランセルが現れた。
抑揚がない声のクセに、憎ったらしいことを言う。
…まさか…
「マスターとネイティアルの記憶と経験は、一致するの。
 知ってるでしょ?」
やられた!
どうりで、あたしのパ・ランセルにしては、口が悪いと思ってたのよ!
「じゃあ…じゃあ、最初から、あたしがゼノスブリードを召喚するってわかってたんですか?」
「レキューを呼び出す練習をするかと思っていたのよ。
 あなた、怒らせるとムキになって修行するから」
「ひど〜い!」
「ほほほほ…」
おっしょうさまは、おかしそうに笑った。
「計算外のこともかなりあったけど、いい力試しだったと思うわ。
 これだけの才能があるなら、みっちり修行しないとね」
…もう、なにも言えない。
おっしょうさまは白い指先を立てて、ゆっくりと言った。
「マスターが覚えることは、いっぱいあるのよ。
 ネイティアルの召喚だけじゃなく、コントロールの仕方や元素のバランス、そして、実体化しないネイティアルを使った魔法とか、ね。
 ゼノスブリードを押し流した洪水を覚えているでしょ?
 あれも、ネイティアルを使った魔法なのよ」
そして、最後のとどめに意地悪く宣言する。
「覚悟なさい。
 明日から、しごくわよ!」


炎の半人前・終わり



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