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■石園 悠

【タイトル】 サレクと魔法と猫(5/10)
【作者】 石園 悠

 少年は戸惑ったが、言われるままにやってみることに
した。彼の手が必要だと言ってここへ連れてこられたの
だから、やることは決まっている。
(——おいで)
 心のなかで彼は「誰か」を呼んだ。
(そこにいるんだろう?おいで)
(大丈夫。何も悪いことはないから。ただちょっと姿を
見せてほしいんだ)
 瞳を閉ざし、祈るように呼ぶ。これがサレクのやり方
だった。
 それからすぐだった。ひょこりと草陰から白いものが
顔と耳を覗かせた。
「兎……?」
 小さく呟くと、ぴょこぴょこと幾組もの耳が見えて
くる。
「あは、かわいい——」
 思わず顔をほころばせてサレクが言ったときだった。
 フーッとジアンナがうなった。
「えっ? どうし……」
 仔兎たちが、消えた。
「え?」
「あっ、あれだわ!」
 リリーノが指し示した先には、仔兎を口にくわえた
野狐たちの姿があった。
「や、やめろっ」
 サレクはとめようとしたが——これは彼の力では
どうしようもなかった。本能に逆らわせるほどの強い
指示は通用しない。ものを動かす魔術も、生き物には
うまく働かせられない。
 可愛らしかった仔兎たちは、瞬く間に捕食者に
さらわれていった。

 サレク少年は落ち込んだ。
自分が呼び寄せた結果、仔兎たちを死なせてしまった
ことになるからだ。
リリーノも彼に謝った。あんなことになるとは思わ
なかったと。
そもそも彼女がサレクに兎を呼んでもらいたがった
のは、病床の妹を慰めるためということだった。
最初は猟師に頼んだのだが、怪我をさせたり死なせたり
してしまうので駄目だったのだとか。
「あの子は昔から白くて小さな兎が大好きで。兎が
近くにいたら、きっと元気になるだろうと思ったの」
彼女は言った。
「風の噂にあなたのことを聞いて、きっとあなたならと
思ったのだけれど」
リリーノの少し寂しそうな表情に、サレクはどきっと
した。
「も、もう一回、やるよ」
彼は言った。
「今度は狐に気をつける。くるなって言うのは難しい
けど……やってみるよ」
「本当?」
美女は顔を輝かせた。
「嬉しいわ、有難う、サレク」
ただ礼を言われただけなのに、少年は顔を真っ赤に
してうなずいた。

 しかし——。
二度目もうまくいかなかった。
サレクは森のなかをうろうろして、狐の気配がない
ことを確認したつもりだったのに、どこからともなく
奴らが現れて可愛い兎を連れ去ってしまったのだ。
まるで狐のために兎を集めたかのよう。
サレクは悔しくて哀しくて涙が出そうだった。
ジアンナはそんな彼を慰めようとするかのように
額を彼にすりつけた。
少年はジアンナの黒い毛並みを優しく撫でながら、
気の毒な兎たちに心から謝った。

■石園 悠

【タイトル】 サレクと魔法と猫(6/10)
【作者】 石園 悠

 何度もこんなことを繰り返す訳にはいかない。
当たり前のことだが、森の兎だって無尽蔵ではない。
 自然の摂理によって補食されるのは仕方がない。狐
だって生きなくてはならないからだ。しかしサレクが
手を出しては話が違ってくる。もとより、リリーノの
妹のために一匹だけ可愛い仔兎を生かして捕らえたい
だけ。狐に餌をやる目的では、断じてないのだ。
「どうしたらいいだろう」
 森の片隅で、サレクは頭を抱えた。
「ラヴネルさんなら、どんな魔法を使うかな?」
 考えてみても、あまり益はなかった。あの青年なら、
森のなかから兎を一匹ひょいと捕まえてくることくらい
造作もなさそうだ。だがその能力はサレクにはない
のである。
「もっと魔法を勉強すれば、いいかなあ?」
 町にあるという組合の話を思い出した。だが訓練を
して魔術師になるかというと、その決意はやはりつか
なかった。
 「魔術師」というものに人々が偏見を抱いている
ことは、時を経るごとに少年も判ってきた。自分の力が
魔法だと知られたらと思うと怖かった。
 リリーノだって、彼が魔法を使っていると判ったら、
きっと嫌がるに違いない。そう思うと、もっと勉強を
するという選択肢を取る気にはなれなかった。
「どうしようか、ジアンナ」
 彼は黒猫に話しかけた。
「うなあぁん」
 ジアンナは返事をするように鳴いた。まるで何か提案
でもしているようだったが、残念なことにはっきりと
した言葉で聞き取ることはできない。
 仮に聞き取れたところで、あまり具体的な案でもない
だろうと思った。
「うん、有難う」
 サレクは礼を言った。ジアンナが彼を気遣ってくれて
いる、そう思えることが嬉しかったからだ。
 そのときである。
「あっ」
 ひょいっとジアンナはサレクの肩から飛び降りた。
「待って! 駄目だ、ジアンナ。迷子になったら……!」
 二度目とは言え、広い森だ。リリーノに案内されて
やってきたここよりも奥へ行ったことはない。行ったら
戻ってこられなくなるかも。
「ジアンナ!」
 だが黒猫を放っておくことはできなかった。ずっと
一緒にいた、大事な友だちだ。サレクは心を決めると
森の奥へ進もうとして——。
「あれっ」
 一匹の仔兎がひょっこり現れるのを見た。
「お、お前」
 兎はぴょんぴょんと彼の足元までやってくると
その場に座り、首をかしげるようにしながら彼を
見上げた。それはまるで「ついていくから先に
行ってよ」と言っているようで。
「で、でもそんな」
 サレクにそんな力はない。動物を懐かせることが
できると言っても、野生の獣を自在に操るまでの
ことは。
「にゃあ」
 満足げな、猫の声がした。驚いて振り返れば黒猫が
尻尾をぴんと立てて、どこか誇らしそうな顔をして
兎の後ろに立っていた。


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