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■千珠

【タイトル】 君は今も、笑っているのだろうか。
【作者】 千珠

 その頬に涙の痕を残しながらも安心したように
眠る少女に、アガットは何度目になるかわからない
溜息を吐いた。

 早朝、部屋を出るなり待ち伏せていたかのような
タイミングで少女———ティータはアガットに
飛びついてきた。
それも盛大に泣きながら、というオマケつきで。
困惑しつつ、なんとか宥めようとはするものの
彼女が落ち着く様子は一向になく、最終的には
隣や向かいの部屋で寝ていた全員が起きる
事態にまでなってしまった。
一体どうしてこんな状態になってしまったのか、
状況が飲み込めない上、原因もわからないとなれば
手の打ちようもなく。

『とりあえずアガット、なんとかしなさい。』

 結局、全員がその状況を打開する事に匙を投げ、
シェラザードのその言葉を合図に、アガットと
ティータを部屋に押し込んで事態を収拾させたのだ。

 数時間後、漸く落ち着きを取り戻したティータは、
しかし離れるつもりはなかったのか、
よりにもよってアガットの上着の裾を掴んだまま
眠り込んでしまった。
人目もはばからずに泣いたせいもあって、
泣き疲れたのだろう。

 夢を見たのだ、とティータは言った。
その夢の中で、彼女は自分と同じ年頃の、
深紅の髪と強い意思を秘めた、けれど優しい眼差しを
した少女に出会い、仲良くなったのだと。
どこの誰かはわからないけれど、自分も少女も
ずっと笑っていて、ともて幸せな夢だったのだそうだ。

———お兄ちゃんを、護ってくれてありがとう。

 少女が、ふいにティータにそう言った。
瞬間、ティータは目の前にいる少女が誰なのかを
察したらしいのだが、その時にはもう、
少女は淡い光に包まれていて。
一瞬だけ、寂しさと嬉しさが
入り混じったかのような、そんな表情を浮かべて。

———ずっと傍にいてくれて……本当にありがとう。

 それでも最後は微笑みながら、そう告げて。
ゆっくりと、光と共に風に解けていったというのだ。

『都合のいい、自分勝手な夢だって
わかってます。でも……この夢の事を、
どうしてもアガットさんに伝えたかったんです。』

 泣きだした理由をそう締めくくったティータに
アガットは何も言う事が出来なかった。
都合のいい夢だと言えばその通りで、
本当にそんな風に思ってくれているのか
それを確かめる事など出来ないのだから。
それでも否定する事が出来なかったのは、
自身を卑下するアガットの言葉に対して、
代わりに言わせてほしい、とティータが
啖呵を切った、つい先日の出来事が
あったせいだろうか。

「……夢、か。」

 呟いて、アガットは傍らの存在を見やる。
安堵の表情を浮かべて眠るティータは、
きっとこの後、全員に質問攻めにされるであろう事を
知る由もないのだろう。

「まったく……とんでもない夢を見てくれたもんだ。」

 説明しようにも説明できない内容に、アガットは
何とも言えない曖昧な表情を浮かべながら
天井を仰いで。

 小さく、苦微笑を浮かべた。


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