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■yamatukasa

【タイトル】 闘執事(バトラー)リヒャルト
【作者】 yamatukasa

 デルヴェ村——帝都より遠く離れたこの北の辺境地
にも、漸く初夏の気配がやってきました。昨今、帝都
や近隣諸国では導力器により、目覚ましい発展を遂げ
ていると聞きます。しかし中世の雰囲気を随所に残し
たこの村に然程大きな変化はありません。 
 生活が豊かになろうと便利になろうと、我らはただ
質実穏健に。
"平穏は謙虚の中に"
 旦那様の口癖の通り、慎ましく暮らしていかねばな
らぬのです——

「リヒャルト……、お外に行きたいのだけど、良いか
しら……?」
溌剌と輝く陽光が差し込むある日の午後。
左右の色が違う美しい瞳をおどおどと動かしながら、
領主アインハルト家の御令嬢、ティアナ様が訊ねられ
ました。
「勿論ですよ」
「良かった……。あの、すぐに支度をしてきますね…
…」
頬を桃色に染めると、お嬢さまはぱたぱたと二階へ
と走っていかれました。
その間に私は自らの身支度を再確認することにしま
す。足元、懐、袖口。この執事(バトラー)という職業
において、念を入れ過ぎて困ると言う事はありません。

「お、お待たせしました……」
戻ってこられたお嬢様はクリーム色のリボンのつい
た白い帽子を被り、手にはレースの手袋。
レースのものとなると、指先に些か不安を覚えます。
しかしお嬢様が望まれるものであれば、私に異論の余
地はありません。
「それでは、参りましょうか」
私達は庭園内にある、バラ園へと赴きました。
ティアナ様は、とても嬉しそうに一輪のバラを手に
とって愛でておられます。
その時——
「痛っ……」
バラの棘が、レースの隙間からお嬢様の指先を刺し
たのです。
指先から、たちまちプツリと赤い液体が滲み出ます。
しかしそれは白いレースに染み込む事も、ほっそりと
した指を流れる事もなく、紅耀石の結晶となって、地
面にコロリと落ちて行きました。
すると、それまでの和やかな空気が一変します。
そして突如、土中から土竜型の魔物が飛び出してき
たのです。
私は透かさずお嬢様を引き寄せ、革靴に仕込ませた
刃で、素早く魔獣の喉を?っ捌きました。そのまま
事切れた魔獣をお嬢様の眼の触れない場所へ蹴飛ばし
、妖艶な光を放つ紅耀石を拾い上げます。
「ご、ごめんなさい……私……」
そう言って今度はぽろぽろと蒼耀石の結晶の涙を流
されます。
また地面に落ちぬよう、そっと涙を受け止めながら、
ハンカチを手渡します。
金と銀の両の瞳は濡れ、狂おしい程美しい光を纏っ
ていました。

流す血は紅耀石に、零れる涙は蒼耀石に。大きく輝
く瞳は金・銀耀石の結晶、翠耀石の光を放つ豊かな髪。
ティアナ様は全身から七耀石の結晶を生み出す事が出
来る、不思議な体質の持ち主でした。

 そして何故かティアナ様の生み出す七耀石は、魔獣
だけではなく人さえも惑わし狂わすことの出来る魅力
を備えていました。

 そんなティアナ様をお守りするのがこの私、執事ベ
ルバルト・リヒャルトのお役目なのです。


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