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■ほむら

【タイトル】 愛の片道切符
【作者】 ほむら

「お客様の中に遊撃士か、クロスベル警察特務支援課
所属の方はいらっしゃいませんか?」

 空港から離陸して十分。
唐突に響いたアナウンスに、
エステルはジュースを噴き出しそうになり、
ヨシュアは口の端を引きつらせて顔を上げ、
レンは「あら?」と口元に手を寄せる。

「ず、随分と特殊な呼び出しね?」
「そ、そうだね」

 遊撃士くらいならば、まあ、満員の機内を探せば
一人くらい見つかるかもしれないが、特務支援課は
課長を含めて五人プラスアルファだ。
クロスベルから離れつつある今、
彼らに行き会う確率はほぼ零に近い。
窓の外は青空。
機内の事態とはかけ離れた快晴。
エステルとヨシュアは頷き合い、とりあえず、

「はい、遊撃士よ」
「どうなさいました?」

 手をあげる。
レンはどこか楽しそうにそんな二人の様子を
見ていたが、エステルに飲みかけのジュースを
渡されて、少しだけ不満そうに肩をすくめた。
「リベールまでは長いですから、機内でどうぞ」
と、クロスベルを発つ時にエリィとティオが
差し入れてくれたジュース。ここで待っていてと、
釘を刺された気がしたのだろう。
あげた手を見つけ、先程アナウンスを
したと思わしき人物が近付いて来る。
胸には社員証。品の良い制服。
客室乗務員の女性だった。

「お寛ぎのところ、申し訳ございません。
お困りのお客様がいらっしゃいまして」

 女性が示したのは三人の座席より遥か後方。
乗客同士のトラブル?
体調が悪い?
困っているというならば、何かがあったのだろう。
だが、機内は適度に雑談の賑やかさが満ち溢れ、
また、適度に落ちついた空気も流れている。遊撃士や
特務支援課が対応にあたる何かがあったようには
見受けられない。
首をひねるエステルとヨシュア。困り顔の乗務員。
そして、すねているように見えながらも、楽しそう
でもあるレン。

「あちらのお客様です」

 二人は目配せをし合うと、案内に従って件の乗客に
近づいた。
『お困りのお客様』は男性だった。
心に何かを抱えているのか、どこか夢見る表情で
頬を赤らめている。ため息もついている。
隣に座る連れらしき男性は、
そんな『お困りのお客様』を呆れた表情で見ていた。
「あっ!」と、エステルが声をあげて足を止めた。

「知り合い?」
「うん。前に依頼を受けたことがあったから。
まさかこんな所で会うとは思わなかったけど」

 こっそりと囁くヨシュア。だからエステルも
小声で返す。夢見る男性の様子を窺いながら。
エステルは棒術具を持ち直して苦笑を浮かべた。
どうやら武器は必要ないようである。

「こんにちは、アントンさん。お久しぶり」

 男性が顔を上げた。そして。

「あ、君は! 
前にロレントで依頼を受けてくれた……!」

 窓の外は青空。
どこまでも。未来までも見通せそうな、
透き通った快晴。
しかし、次の発着場はまだ輪郭さえも
見えそうになかった。

■ほむら

【タイトル】 おじいさんと時計塔
【作者】 ほむら

 建て直された時計塔はたいそう立派になりました。
 五年ほど前に崩れ落ちたロレントのシンボルは、
昔のように爪で引っかくとボロボロと石材が崩れ
落ちるようなことはありませんし、青空を背景に
立つ姿は、ロレントの誇りそのもので
ありました。
 オーブメントが普及していなかった頃の時代とは
違い、今は昔ほど時計塔の世話をする必要は
ありません。ですが、おじいさんの日課は
時代が変わっても決して変わることはなく、むしろ
時計塔が新しくなってからの方が忙しいくらい
でした。
 周囲に顔を出す雑草を抜き、精密機械の調子を
見る。
 おじいさんは技師ではありませんでしたが、
長年の経験から、誰よりも時計塔に詳しかったの
です。
 今日も、朝食をすませると時計塔にやって来た
おじいさん。何時もそうしているように、内部の
モップがけから始めます。これが終わったら、
はしごをチェックし、小さな子供が登っても、
危険がないか確認しなければなりません。

「今日はいい天気になりそうだ」

 額の汗をぬぐうおじいさん。
日課は変わりませんが、おじいさんは、針が
文字盤を回る度に年をとり、最近は掃除も容易では
ありません。
外を、賑やかな声と足音が通り過ぎて行きます。
街外れの家の一人娘が、今日も虫捕りに出かける
のでしょう。
元気な声を聞くに、どこかぶっきらぼうな
ところもあるはずのおじいさんも、時計塔の
手入れを頑張らずにはいられませんでした。
昔、小さな栗色髪の少女はおじいさんと同じく
時計塔の常連でした。しかし、建て直されて
からは顔を出す事はありません。少女の母親は
戦に巻き込まれ、ここで亡くなったのです。
ロレントの人々は皆、それを知っていました。
時計塔はロレントの誇り。
在りし日の記憶。
戦争により壊されてしまったはずの時計塔は、
前と同じ姿で建て直され、今もロレントの歴史を
刻み続けています。
住人達は自分の気持ちを新たな象徴に託し、皆で
この石造りの時計塔を大切にしているのでした。
ふと気配を感じ、おじいさんは顔をあげました。
入口から、赤い瞳の幼い少女が顔を覗かせて
います。

「パンデュじいさん、おはよ!」

 よく見ると、少女の隣には初めて見る少年の
姿もありました。ロレントでは見ない新顔。
髪は珍しい黒。瞳は琥珀色で、少女に手を握られ
憮然としています。どことなく固い表情です。

「カシウスのところのチビすけか。
久しぶりに顔を見せたな!」

 少女はにこにこと笑いました。この時計塔では
長く見られなかった光景でした。
おじいさんはモップを置いて急ぎはしごを
チェックすると、子供達に言いました。

「登ってみるか?
そっちの坊主も一緒に」

 おじいさんは笑いました。とても
嬉しそうに。
今、長い戦争が終わったのです。
おじいさんの中で。
今、やっと。


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