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■呉葉

【タイトル】 真意は何処に
【作者】 呉葉

「よくも騙してくれたわね」
 異変の尽力者達を集めて開かれた宴の席。
 乾杯するなりそう切り出したシェラザードに、オリビ
エはきょとんとした表情をした。
「ん?何のことだい?」
「諜報員だとばっかり思ってたわよ」
 今更な上にいきなりの話題だったが、オリビエは驚く
様子も見せなかった。そしていかにも心外だという表情
をする。
「騙したなんて人聞きの悪い。ボクはちゃんと言ったは
ずだよ?諜報員の"ようなもの"だ、って」
 そう言われてしまうと反論できず、シェラザードが言
葉に詰まる。
 してやられたのが悔しくて、せめて一言言いたかった
のだが…実際のところ、見破るのはかなり難しかったと
思う。
 隣国の皇子が「吟遊詩人を装った諜報員」を装って入
国してくるなど、どうすれば想像できるというのだ!?
 シェラザードの内心を知ってか知らずか、オリビエは
満面の笑みを浮かべて言ってきた。
「ああ、でも。シェラ君に対する愛は本物だよ?」
 いつものようにはぐらかされ、
「はいはい、言ってなさい…」
 やはりいつもと同じく、呆れたように返して、シェラ
ザードはワインを口にした。

 言ってやりたいことは他にもあった。
ハーケン門での交渉の際に見せた話術。
あれだけの才覚があれば、あの時…飛行船の上で問い詰
めた時、うまくはぐらかすことだってできただろうに。
なぜ彼があの時、正確ではないとはいえ自分の正体を明
かしたのか、その真意がわからない。
協力者が欲しかった、それだけが理由なのだろうか?

 そんなことを考えながら、結局別のことを口にする。
「けど、大丈夫なの?皇族同士の交渉が、あんな…」
シェラザードは言い淀んで言葉を濁したが、オリビエは
さらりと言った。
「茶番劇で?」
シェラザードは頷いて嘆息した。
「明らかにバレてるでしょう、あれ」
「ハッハッハ。ゼクス中将にも言われたよ。"あんな猿
芝居を"ってね」
場違いなくらい朗らかに言ってのけたオリビエの表情
がそこでスッと変わった。
それは、冷徹で狡猾な…「オリヴァルト皇子」の顔。
「でもねシェラ君。茶番でも何でも構わないんだよ。形
式さえ整っていれば誰も何も言わない。たとえその真意
が何処にあったとしても。それが、これからボクの生き
ていく世界なんだ」
一瞬こちらが気圧されたその隙に、またいつもの表情
に戻る。
「だが、今日はトコトン宴を楽しもうじゃないか!」
まただ。こうやっていつも、うまくはぐらかされてし
まう。
本当は言ってやりたい。
「そういうあんたの真意は何処にあるの?」と。
悔しいが、この分野ではこちらが不利だ。
だが…やられっぱなしは趣味じゃない。
ならば、勝てる分野で勝負するだけだ。

「なら、今日はトコトン付き合ってもらうわよ?」
「トコトン」の部分を強調して言うと、ごくわずかな沈
黙の後、
「…フッ、もちろんだとも」
わずかな恐れが滲んだその声音に、ようやく一矢報え
たと、シェラザードはニヤリと笑ってワイングラスを持
ち上げた。

■呉葉

【タイトル】 想いは、側に。
【作者】 呉葉

 とうとう言ってしまった。
 泉の方へと去っていく彼女…シェラザードの後姿を眺
めながら、オリビエは一人、庭園の片隅に立ち尽くして
いた。
 これで彼女との関係は変わってしまうかもしれない。
 それでも…今、伝えておきたかった。

 シェラザードはこちらの真意を測りかねているようだ
った。
それは当然だと思う。
自分だって、言うつもりはなかったのだ。
こんな機会があるとは思ってもいなかったから。

 思い起こせば、飛行船の上で対峙したあの時だって、
あんなにあっさりと自分の正体を明かすつもりはなかっ
たのだ。
彼女が感づいていることに、こちらは気づきもしてい
なかったから驚きこそしたが、いつものようにはぐらか
すつもりだった。
だが「道化ゴッコは通用しない」と、真正面から一人
で立ち向かってきた彼女に対し、驚くと同時に思ったこ
とは。
…彼女なら、ミュラーのように共犯者になれるかもし
れない。
逡巡は一瞬。
もちろん、全ては言えなかったが…シェラザードに自
分のことを明かしていた。
多分あの時に、心を掴まれていたのだと思う。

 そして始まった、表面上は飲み友達、その実は共犯者
としての関係に、不満はなかった。
それ以上を望んでいたわけでもなかった。
だが、その中で起こったルシオラの一件。
普段、頼られる側のシェラザードは、仲間に弱音を吐
くようなことはしなかった。
その姿を見て思った。
…自分が、彼女を支えたい、と。
だが、想いを打ち明けることはできなかった。
この先、ギリアス・オズボーンとの戦いで、命を落と
す可能性だってある。
彼女に想いを打ち明けてしまって、その後もしも、自
分に何かあったら。
今度こそ彼女は、立ち直れない程大きな心の傷を負っ
てしまうかもしれない。
そんなこと、できるはずもなかった。
自分が目的を果たした後で、もしも…もしも再会する
日が来たならば、その時は。
そんな日が来る事はないかもしれないと心のどこかで
感じていながら、何も言えないまま、帝国に帰還した。

 だが、思いがけず早く、再会の日はやって来た。
この事態は確かに異常だ。だが自分にとっては奇跡と
も言えた。
二度と手に入らないと、半ば覚悟していた機会が手に
入ったのだから。

 ここで未来に繋がる想いを告げることが、自分にとっ
ての力となるだけでなく、彼女にとっても希望になるか
もしれない。
終幕は近い。現実世界に戻る時も迫っている。
それは、彼女と再び別れる時も迫っているということ
だ。
決意したのは、とうとう決戦の場へと向けて旅立つ、
その寸前だった。

 もうすぐ自分は、強大な敵との戦いの舞台に戻る。
自分が、これからの厳しい戦いをくぐり抜けられるよ
うに。
離れていても、彼女を支えられるように。
生きて再び会えることを信じて。
想いだけは、せめて側に。

「全てが終わった時に、
お互いがどういう立場にあったとしても。
…それから先の人生を、共に生きてくれないか?」


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