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■ibiza

【タイトル】 大佐の狗
【作者】 ibiza

 カノーネを先頭に、黒衣を纏った兵士が数名。闇に同
化した彼らの前方に関所の明かりが揺れる。
 カノーネらを包むのは夜の湿った空気と草木の匂い。
後方にはマズルを咬まされたアタックドーベンの群れが
控えている。
 調教士が狼たちの口輪を外す。訓練された狼は吠える
こともなく伏せたままだ。
 夜空に群青色の雲が流れる。──作戦の時間だ。
 
 カノーネは群れの中のO=1(オブジェクトワン)と
呼ばれた一頭の狼に近寄った。
「危険です大尉! 訓練はされていますが所詮は魔獣─
─」
「平気よ」
カノーネが狼と同じ目線までに屈むと、命令で伏せてい
た犬が首をもたげた。
「おいで」
 呼ばれた狼は意外にも喜んでカノーネに抱きしめられ
た。周りに伏せていた他の四頭の狼たちも一斉に耳を折
り、尾を振り始める。
 リシャールと訓練士以外に懐かぬよう訓練された狼た
ちだ。取り巻く部下たちは驚きを隠せない。

──あなたたち、閣下のにおいがわかるのね。

いつもリシャールの傍にいるカノーネからは、きっと
彼の気配がするのだろう。
「オルグイユ」
カノーネが心の中密かに、リシャールの狗に付けた名
前を呼んだ。
任務の最中、いつ命を落とすかも知れぬ軍用犬を名で
呼ぶと情が移る。そんな理由から彼らには記号と数字の
呼び名があるだけだ。
初めて呼ばれた名前に応えるように、クゥーンと一度、
O=1が悲しい鳴き声を上げた。
「閣下に拾って頂いた命。例え散ることがあろうと、き
っと務めを果たしてご恩に報いるのよ」
耳の良い獣にだけ分かるような小さな囁き。O=1がカ
ノーネの顔を舐めた。カノーネにはそれが、物言わぬ狼
からの「わかったわ」という返事に聞こえた。
月が雲に隠れた。カノーネは毅然と立ち上がる。
「目標、クローネ峠関所! 狗を解き放ちなさい!」
カノーネの細い指が関所の明かりを差すと、放たれた
狼たちが疾風のように森へ駆け出した。
死なせる為に今まで育ててきたのかと、訓練士が溢し
たのをカノーネは聞いた。
「──レイストンに帰ります」
森へ消えた犬たちに一瞥もくれず、カノーネが冷淡な声
で部下に告げる。
「犬たちをピックアップしないのですか!?」
「我々はリシャール大佐直下の精鋭部隊。大義の為。下
らぬセンチメンタリズムはお捨てなさい!」
それ以上の言葉は許さぬと、カノーネが部下を睨みつけ
る。
「撤収!」

 例え命を落としても──。

恐れられ、忌み嫌われ、人に害をなす醜い魔獣。閣下
だけが手を差し伸べてくれた。
もし彼らが死んだなら、閣下は悲しんでくれるだろう
か。
お優しい方だ。きっと誰にも知られず心を痛めて、哀
れな狼の為に泣いてくれるに違いない。

狗と呼ばれ蔑まれても、狼は自分の生き方を決して恥
じない。闇夜を迷いもせずに駆けていったリシャールの
狗たちと、自分はとてもよく似ている。カノーネはそう
思った。


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