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■某人物

【タイトル】 happiness
【作者】 某人物

「さあ、お茶にしましょう。」
バスケットから、お手製のアップルパイを取り出して
僕たちに見せ、姉さんは微笑んだ。
姉さんがアップルパイを切り分けている間、
僕はバスケットから
3つのティーカップとティーポットを取り出し、
いつものように
保温性のある水筒からお湯をティーポットへと注いだ。
今度はティーポットから
お湯をティーカップへ注いで茶器を温める。
これで準備は万端だ。
ちょうどアップルパイを切り分けた姉さんが
バスケットから小瓶を取り出す。
小瓶の中には
きゅっと丸くなったお茶の葉が入っている。
僕からティーポットをうけとった姉さんが、
それをころんとティーポットの中へ入れた。
そしてティーポットへお湯を注いで
すぐにティーカップへ。
ふわりと、お茶のいい香りが広がった。

「…ゆめ、か。」
久々に、ロレントにある我が家に帰ってきていた。
木陰で本を読んでいたはずなのだけれども、
どうやら僕はうたた寝をしていたらしい。
めずらしい、と思う。
うたた寝をしたことも…昔の夢を見たことも。
「ふふ、珍しいわね、
ヨシュアがうたた寝するなんて。」
太陽のように暖かな声が
まだ少しまどろみの中にいた僕の意識を
優しく包み込むように引き揚げた。
「そうだね。僕も、自分でもそう思うよ。」
そう言って、声の主、エステルへと笑いかけた。
「最近結構ハードな仕事が続いてたし、
疲れがたまっちゃってたのかな?」
「うん、そうかも知れないね。」
それでも、
それだけではこうしてうたた寝することは決してない。
気を緩めたら死に繋がる。
それが、僕が生きてきた世界だった。
ふわりと風が吹き抜けた。
さわやかな新緑の香りがした。
その香りに導かれるように、僕は周りを見渡した。
すぐそこに
いつもエステルがつり糸を垂れている水場がある。
その水場と家をぐるりと囲うように木々が生えている。
いつもこの木陰から
エステルがつりをしている傍ら僕は、
本を読んだり、ハーモニカを吹いていたりしている。
先ほど見た夢の内容を思い出す。
そういえばよく姉さんと一緒に、
村の入り口付近に生えていた木が作る陰から
レーヴェが稽古をしているところを見ていたっけ。
レーヴェが街へと出かけていたときには
やっぱり姉さんと一緒に
その木陰でレーヴェの帰りを待っていた。
本を読みながら、
ハーモニカを教えてもらいながら。
レーヴェの用事が終わるといつも、
姉さんとレーヴェと、3人でお茶会をしていた。
辛いことや悲しいことがあっても、
姉さんお手製のお菓子と共に
お茶を飲んで幸せな気持ちになれた。
あの頃も幸せだった。
幸せだったからこそ
失ったことに対して直視することが出来ず
心を壊してしまった僕だったけど、
今は、あの頃を思い出しても
幸せだったと素直に感じられる僕がいる。
「ありがとう。」
気が付いたら想いが言葉になってこぼれていた。
僕をそんな風に変えてくれたお日様みたいな女の子は、
何のこと?ときょとんとして、首をかしげた。

■某人物

【タイトル】 reason
【作者】 某人物

「エステルにヨシュア、ここにいたのね。」
僕とエステルがいる木陰へ、
レンがにこやかに近づいてきた。
「エステル、あれ以外の準備はできたわよ。」
「本当?それじゃあたし、ちょっと見てくる!
 レンとヨシュアは先にテラスに行ってて!!」
そう言うとエステルは、
長い髪を揺らして家のほうへ駆けて行った。
「それじゃあヨシュア、
レン達はテラスへ行きましょ。」

レンの手に引かれて近づいてきたテラスの、
たまに父さんが晩酌を楽しんでいるテーブルの上には
確かに準備が整っていた。
3つのティーカップとティーポット。
ブライト家の家族となってから
自然な笑みが増えたように思うレンだけれども、
いつにも増して嬉しそうだなって思っていたら
こういうことだったのか。
「ごぉめんおまたせ!」
ぱたぱたという足音と共に、
甘い香りが運ばれてきた。
僕がエステルのほうへ向くと、
「さあ、お茶にしましょう!」
出来たてのアップルパイを掲げて僕たちに見せ、
エステルは微笑んだ。

エステルがアップルパイを切り分けている間、
レンは、お湯をケトルからティーポットへと注いだ。
今度はティーポットからティーカップへお湯を注ぐ。
そう、そうして茶器を温めるのだ。
茶器を温め終わったレンは、
僕の位置からでは死角になっていた
ケトルの陰から小瓶を取り出した。
小瓶の中には
きゅっと丸くなったお茶の葉が入っていた。
それをころんとティーポットの中へ入れ、
ティーポットへお湯を注いですぐにティーカップへ。
ふわりと、なつかしい香りが広がった。

不思議な感覚だった。
既視感とは違う、けれども似た感覚。
僕がさっきまで見ていた夢の内容が、
キャストを変えてそのまま目の前で再現されている。
エステルが姉さんで、レンが小さな頃の僕で、僕が…。
「何このまんまるこっこいお茶っ葉。珍しいわね〜。」
「うふふ、
ちょっと前にお店に出かけたときに買ったのよ。」
「レンってば本当お茶好きよね。
初めて会った時も『お茶会』を開いていたし。
そういえば、どうして『お茶会』が好きなの?」
「だって元気になれるでしょう?
辛かったり落ち込んだりした時も、
『お茶会』をすれば元気になれるわ。
レーヴェが言ってたもの。
だからよくレーヴェと『パテル=マテル』と一緒に
『お茶会』をしていたわ。
今日のこのお茶はね、
レーヴェが好きだって言ってたお茶の葉なのよ。」
「レーヴェも『お茶会』が好きだったの?」
「そうよ。
稽古が終わった後とかもね、
よくレーヴェがお茶を淹れてくれたのよ。
でもそう言えば
レーヴェはどうして好きだったのかしら?
ねえ、ヨシュアは知ってる?」
「え?」
急に話を振られ、一瞬戸惑った。
レーヴェがお茶が好きな理由…。
僕は思う。
もし、あのお茶会がレーヴェにとって
今の僕と同じように
大切な記憶であったならば…。
「それはね…。」
僕はティーカップを両手で包み込んで、
その温かさを感じながら言葉を紡いだ。


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