銀の公爵 Shotr Stories
 [ 第三回 ]

恐ろしい女神が燃え尽きたことで、伯爵家を襲った恐怖は去った。
猪伯爵は手当てを受け、屋敷中に倒れている男たちも介抱されて、落ち着きを取り戻す。
公爵は客間に通され、猪伯爵と向かい合った。
聞きたいことはあるが、どう切り出そうかと考えているところに、姫君が駆け込んできた。
「お兄様!
 お体は大丈夫ですの」
姫君は兄にすがり、包帯の巻いてある肩をそっとなでた。
「心配ない。
 銀の公爵殿が来てくれたから、助かった」
猪伯爵は、すっかり公爵に心を許したようで、古くからの友と話すような口ぶりで話しかけた。
「君が来てくれなかったら、俺は串刺しになっていただろう。
 昼間は失礼をしたのに…」
どうやら、単純…いや、率直な性格の男らしい。
頭を下げられて、公爵は苦笑いした。
どうしてこんな夜更けにここへ来たのか聞かれたら、答えようがないところだった。
「ところで、さっきの女はなんだったんだ?」
話題が不利な方へ行く前に、質問する。
猪伯爵は眉根を寄せ、公爵から視線を外した。
「…それは、聞かない方がいい」
急に口調が重くなる。
「聞けば、君も巻き込まれる」
公爵は猪伯爵と姫君を見比べた。
姫君は懇願するような瞳で、こちらを見つめている。
言葉にはしなくとも、「お兄様を助けてください」と訴えていた。
公爵は姫君のけなげな瞳にほほえみで返事をして、猪伯爵の方に向き直る。
「私のことなら気遣いは無用。
 君たちを襲った敵は、私の敵でもある。
 怖じ気づいて身を引くなど、貴族の誇りにかけて出来はしない。
 どうして襲われたのか、聞かせてくれないか?」
この言葉に、猪伯爵はそらしていた視線を戻した。
「かたじけない。
 百万の味方を得た気分だ」
そして、事の次第を語り出した。


「まず、結論から言おう。
 当家を襲った黒幕は、近衛隊長だ」
猪伯爵は、初っ端からストレートに犯人の名前を出した。
「近衛隊長…?」
ずいぶんと大物を敵に回したものじゃないか。
公爵は目を丸くする。
「そうだ。父親の軍功だけを頼りに役職に就いた、あの男だ。
 そしてヤツの切り札、ネイティアル・マスターのマグナ・レック」
「…ちょっと待った」
公爵は細い指先を額に当て、戸惑った顔をした。
話が急に進みすぎる。
「近衛隊長は、私もよく知っている。
 紫の上着に黄色い飾り布をつけたりする、センスのない中年だ。
 しかし、その…なんとかマスターというのはなんだ?」
「俺もよく知らないが、変わった兵器を使う暗殺者のようなものだと思えばいい。
 ただ、普通の暗殺者と違うのは、刃物や火薬を使わないところだ。
 ヤツらの武器は、ネイティアル。異世界から召喚される様々な精霊たちだ」
「では、地下室にいた、弓の女も?」
「もちろん、マグナ・レックが召喚したネイティアルだろう」
「どうしてそんな術師が、近衛隊長のもとに…」
「国王陛下暗殺のために雇われたのだ」
短く言い切る猪伯爵。
公爵は頭がくらくらするのを覚えた。
伯爵家の危機どころか、国家の危機じゃないか。
「君が襲われたのは、近衛隊長のクーデター計画に気付いたからか?」
「そうだ。
 実を言えば、最初は俺も半信半疑だった。
 近衛隊長の不穏な動きが気になってはいたが、本当に暗殺計画を企てているのか、確信が持てないでいた。
 そこで、密かに調査を続けていたところ、決定的な証拠を手に入れた」
「証拠?」
「手紙だ。
 近衛隊長がマグナ・レックにあてて書いたものだ。
 クーデター計画への加担を要請している」
「それは、また…すごい手紙だ」
「動かぬ証拠だろう」
「どうやって手に入れた?」
「近衛隊長の隠密兵を捕まえたのだ。
 マグナ・レックに向けて放たれた使者をな」
「なるほど。
 しかし、それなら、マグナ・レックに手紙は届かなかったはずじゃないか」
「それが、別ルートで、もうひとり使者が放たれていたのだ」
「近衛隊長も念のいったことだな」
公爵は妙なところで感心した。
「それで、君が手に入れた手紙はどこにある?」
「ある場所に隠してある。
 うかつなところに置けば、取り戻されてしまう可能性があるからな。
 思った通り、今夜のようなことが起きた」
「さっきの美人は、手紙を取り戻しに来たのか」
猪伯爵はこぶしを握りしめて、立ち上がった。
「近衛隊長ひとりを倒すのはたやすい。
 イザとなれば、俺が剣で襲いかかって、差し違えればいいのだ。
 しかし、マグナ・レックは、そうはいかん。
 やつは無限の兵力を持っているといっても過言ではない。
 次から次へネイティアルたちをけしかけられてみろ。
 いくらなんでも防ぎきれない…」
一気に語った言葉の最後の方で、猪伯爵は力をなくし、イスに座り込んだ。
不安げな顔。大柄で血気盛んな猪男には似合わない。
公爵はしばらくその様子を見つめていたが、やがてほほえんで、猪伯爵の肩に手を置いた。
普段、軽口を叩く調子で気楽にしゃべりだす。
「まあ、そう思い詰めるな。
 ネイティアル・マスターとはいえ、人間には違いないのだろう?
 きっと、なにか弱点があるはずだ」
銀髪を指にからませ、優雅に笑う。
虚勢かもしれないが、深刻になるのは性に合わない。
それに、困難があるほどに、心は燃える。
近衛隊長の陰謀に、精霊を武器に使う恐怖の暗殺者…上等じゃないか。
美女たちを追いかけ回すより、刺激的かもしれない。
「とにかく、この屋敷は危険だ。
 使用人には一時的に暇を出し、君と妹君はどこかに隠れた方がいい。
 もてなしはできないが、私の家で預かろう」
「それはありがたい、が…」
猪伯爵は、遠慮がちに言葉を濁した。
公爵はトボケた調子で笑いながら言う。
「妹君のことなら心配ない。
 いくら私だって、恐ろしい兄上のそばで、ちょっかいを出す気にはならないさ。
 それに、ウチにはもっと恐ろしいオヤジ殿がいるんだ…」



「なんだかおかしなことになってきたわね。
 ネイティアル・マスターを従えた近衛隊長ですって?」
伯爵家の屋根の上で、猫が言った。
「早くあの若造を教育しなけりゃ、マズいぜ」
「お待ちよ、せっかちだねェ。
 あの子はまだ、ネイティアルがなんなのかもわかっちゃいないぞえ?」
コウモリと帽子もしゃべりだす。
紫のドレスをまとった女は、コケティッシュなしぐさで、風見鶏にもたれた。
「どれだけ心の力があるか…だわ」
つぶやきと同時に、ひゅうとつむじ風が起こった。
風見鶏がくるくる回り、夜の闇だけが残った。




銀の公爵が猪伯爵と姫君を連れて家に帰ったのは、夜も白々と明けかけた頃だった。
とりあえず、使用人をたたき起こして、二人のための寝床を用意させる。
姫君は疲れのためか、すぐに部屋に引きこもった。
しかし猪伯爵は、
「ここで勤めを休めば、近衛隊長につけいられる」
と、王宮へ出かけていった。
しばらく身を隠すよう忠告する公爵に、
「心配するな。俺の仕事は兵士どもの教練だ。
 いくら近衛隊長でも大勢の目があるところで、目立ったことはせんだろう」
と、笑って手を振った。
完全な徹夜で、そのうえ肩に矢傷まで負っているというのに、タフな猪だ。
公爵の方は、軟弱なヤサ男らしく、ベッドに入ることにした。

昼近く、目が覚めて食堂へ向かうと、オヤジ殿の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
今日はすこぶる機嫌がいいらしい。
夕べの話をどう説明しようかと、気が重かった息子は、しめたと思った。
よし、今のうちに話をしよう。
軽く咳払いして、食堂の扉を開ける。
「わっはっはっは。
 何も心配は要りませんぞ。
 大船に乗ったつもりで、当家にお任せくだされ」
オヤジ殿の笑い声が一段と響いた。
父祖伝来のやたらと大きな食卓に、たくさんの料理が並んでいる。
オヤジ殿の斜め前には伯爵家の姫君が座っていた。
「おお、自慢の息子よ」
いきなり気持ちの悪いことを言う。
「お前こそ、銀の公爵の名にふさわしい。
 放蕩息子だと嘆いていたが、やっと目覚めてくれて、うれしいぞ」
どういう風の吹き回しだろう。
姫君の方を見ると、にこにことほほえんでいる。
「公爵様に助けていただいたことをお話しましたの」
「昨晩の行いは、あっぱれであった。
 それでこそ、我が息子」
どうやら、姫君はだいぶん美化して伝えたらしい。
オヤジ殿は目にうっすらと涙さえ浮かべて、息子を褒めたたえた。
「知らないこととは言え、昨日は怒鳴りつけてすまないことをした。
 伯爵家へ出かけたのは、近衛隊長の陰謀を察知してのことだったのだな。
 だが警戒中の伯爵殿と手違いがあって、あのような騒ぎとなったのだ。
 うむ、父としたことが、つまらぬ誤解であった」
勝手に都合のいい勘違いまでしている。
いささか感激し過ぎだが、機嫌がいいのは結構だ。
これからのことは、オヤジ殿の協力がなくてはなりたたない。
公爵は優雅におじぎをして、食卓についた。
オヤジ殿はしきりに笑い声を上げながら、姫君と話している。
まるで、嫁を迎えた舅のようだ。
姫君のことで、余計な気を回されると、ちょっと困るな…
宮廷一の色事師として名をはせる銀髪の公爵は、苦笑しながらティーカップに手を伸ばした。

「ひ、姫様、姫様ーっ!」
遅い朝食が一段落したところで、あわただしい声が食堂に飛び込んできた。
暇を出したはずの伯爵家の使用人が転げるように走ってくる。
「だ、だんな様が、だんな様が…
 投獄されました!」
「まさか!」
公爵は立ち上がった。
「罪状は何だというんだ!?」
「国王陛下の暗殺を企てた罪です。
 新兵の教練中、近衛隊に連行されました!」





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