銀の公爵 Shotr Stories
 [ 第六回 ]

メルレットと一緒に屋敷へ戻った公爵は、通りに面した玄関が見えてきたところで、愕然とした。
分厚い扉がバラバラになっている。
急いで中に駆け込むと、屋敷中がひどい有様だ。
家具という家具がすべてひっくり返され、あらゆる部屋の扉がブチ破られている。
絨毯には、無数の靴跡。
ここで狼藉の限りがつくされたことを物語っている。
「姫!
 …父上!」
公爵は思わず叫んだ。
いつもの彼らしからぬ取り乱した声。
やたらと広い屋敷内を駆け回る。
誰もいない。
「父上!
 どこですか、父上!」
留守の間に、襲われるとは。
十分予測できたことだ。
なのに、姫と父上を残して、俺はのこのこと…
己の軽率さが悔やまれる。
もっと安全な場所に、二人を隠しておくのだった。
公爵は父親の部屋へ行った。
無惨に荒らされた中に、父愛用の椅子が転がっている。
壁に掛けられた先祖の肖像だけが奇跡的に無傷で、変わらぬ優しいほほえみを投げかけていた。
「父上…!」
公爵は絶望に打ちひしがれた。
後からメルレットがゆっくりと近づいてくる。
公爵は、顔を見られたくなくて、下を向いた。

「馬鹿者。静かにせんか」
うつむいた公爵の耳に、聞き慣れた声が響いた。
驚いて頭を振り立てる。
しかし、目の前には、微笑を浮かべた肖像画があるだけだ。
いぶかしんでいると、その肖像画から、声がする。
「男子たるもの、むやみなことで取り乱すものではない…」
いつもの声に、重たい石がこすれる音が重なった。
先祖の肖像がゆっくりと横にスライドする。
石壁に入り口が開いて、オヤジ殿が顔を出した。
「…父上ェ…」
息子は拍子抜けして、情けない声を出した。
「遅かったな、息子よ。
 未来の嫁御は、わしがちゃんと守ってやったぞ」
オヤジ殿は軽口を叩きながら、壁の穴から出てきた。
片手に姫君をエスコートし、満足そうに笑っている。
「公爵様、兄は無事ですか?」
姫君が不安な声で問いかけた。
公爵が答えられずに躊躇していると、メルレットが静かに言った。
「伯爵は牢獄城の地下にとらえられています。
 でも、証拠の手紙の在処がわからない限り、殺されることはないでしょう」
この言葉で、一同は初めてメルレットを意識した。
どうして、そんなことまで知っている?
オヤジ殿が、息子の公爵に尋ねた。
「こちらのご婦人はどなたかな」



マグナ・レックは牢獄城の塔の長い階段を昇っていた。
もうそろそろ、銀の公爵が目を覚ます頃だ。
近衛隊の連中が家捜しをしたが、公爵の屋敷に目的のものはなかった。
近衛隊長の手紙も、伯爵の妹も。
しかし、この老人が本当に求めているのは、そのどちらでもない。
「終焉の魔書…あれさえ手に入れば、我が術法は完成するのだ…」
それが見つからなかった以上、公爵本人から聞き出さねばならないのだ。
マグナ・レックは、はやる気持ちを押さえつつ、たったひとりで公爵の独房を目指した。
ところが。
長い階段をやっと昇りつめてたどり着いた独房は、もぬけのカラだった。
マグナ・レックは驚いて房内を見回した。
窓の鉄格子が不自然に破られている。
高熱でとけたような、切り口。
「まさか、火のネイティアルを使ったのか?」
マグナ・レックは愕然とした。
銀の公爵の子孫が、すでにネイティアルの使い方を知っているとは、思わなかった。
まだ自分の力に目覚めていないと思ったからこそ、生かしておいたというのに。
「おのれ、こしゃくな若造め。見ておれよ…」
マグナ・レックはシワだらけの指をわななかせて、空の独房をにらみつけた。



紫のメルレットは、老父と姫君を安全な場所へ避難させるよう、公爵に指示した。
公爵は、信用のおける修道院に二人を預け、メルレットと荒らされた屋敷へ戻ってきた。
「始めましょうか」
メルレットは艶やかにほほえんで、公爵と向き合った。
ふたりの間には、先祖の銀の公爵が残したガラクタが並んでいる。
そう、このガラクタこそ、ネイティアルを呼び出すために必要なものだったのだ。
さっきオヤジ殿と姫君が隠れていた場所に、大事に保管してあったものだ。
メルレットは、二十四のガラクタの中から小さな木の人形を取った。
目を閉じて、心を集中する。
メルレットの体が光って、どこからともなくコマのような人形が飛び出した。
「これは…」
公爵は嫌なことを思い出した。
牢獄城の螺旋階段で、マグナ・レックが呼び出したネイティアルだ。
こいつにさんざんぶん殴られて、不様に倒れたのだ。
「パ・ランセルよ」
メルレットはほほえんだ。
「危険はないのか?」
公爵は尋ねた。
「ネイティアルの意志は、呼び出したマスターの意志と同化するの。
 邪悪なマスターが呼び出せば、邪悪なパ・ランセルに、高貴なマスターが呼び出せば、高貴なパ・ランセルになるわ」
「なるほど。
 私にもできるだろうか」
「銀の公爵の子孫ですもの。
 素質は十分にあるはずだわ。
 後は、魔力…心の力がどれだけあるかだけど」
メルレットは公爵の瞳をのぞき込んだ。
「ネイティアルは、マスターの心の力を糧に実体化するのよ。
 あなたが弱い心の持ち主なら、ネイティアルを維持することはできないわ」
挑発するような口調で言う。
「よし、やってみよう」
公爵は木の人形を受け取った。
メルレットのマネをして、目を閉じる。
「出でよ、パ・ランセル!」
公爵の体が光って、パ・ランセルが登場した。
メルレットが召喚したパ・ランセルと並んで、ゆらゆら揺れる。
ふたつは同じパ・ランセルながら、どこか違って見えた。
メルレットのそれはどことなく女性的だが、公爵のは背が高くてカカシのようだ。
まるで、マスターの特徴を写したように感じられる。
「やるじゃない」
メルレットの足元で、猫が無邪気に喜んだ。
「一発で出しやがったぜ」
「さすがは、銀の公爵の子孫だねぇ。
 顔だけかと思ってたけどサ」
ペットたちが、にぎやかに騒ぎ出す。
「よーし、次はコイツに挑戦だ!」
調子に乗ったコウモリが、月桂樹模様の細工をほどこした金色の冠を公爵に持たせた。
「ふぇっふぇっ、そりゃ、ちょいと難しいんじゃないかえ?」
帽子がからかうように笑う。
公爵はメルレットを見た。
女師匠は小さく肩をすくめたが、
「面白いわ。やってみたら?」
と促した。
公爵は素直に目を閉じ、心を集中する。
ほどなく、公爵の体が光って、ネイティアルが飛び出した。
長い髪を高く結い上げ、金の弓を構えた女神が、不思議な車に乗って宙に浮いている。
伯爵家の地下で出くわした、あのネイティアルだ。
「まあ」
メルレットは、感嘆の声をあげて、白い指先を唇に当てた。
「やったぜ!」
コウモリが宙返りする。
猫は二本脚で立ち上がって前足を打った。
公爵だけが、意味も分からず一同の様子を見つめていた。
おせっかいな猫が、
「このネイティアルは、アモルタミスって言うの。
 天の属性じゃ、上級クラスよ」
「天の属性…?」
意味のわからない言葉に、公爵はそのまま問い返した。
メルレットが、右手の指を立てたコケットなポーズで説明を始める。
「そもそもネイティアルというのは、自然の単一要素だけで構成されたものなの。
 この世の中の物質は、水や金属やその他いろいろなものがごちゃ混ぜになってでき上がったものだけど、ネイティアルは違うわ。
 水なら水、火なら火だけで構成されているの。
 その種類は、天、地、水、火の四つ。
 アモルタミスは天で、パ・ランセルは地の属性よ」
魔法学の専門的な話らしい。
正直に言って、公爵にはあまりよくわからなかった。
メルレットは、そんな様子を察して
「とにかく、ネイティアルには四つのグループがあるっていうことだけ、覚えてくれればいいわ。
 そして、四つの間には強弱の関係があるの。
 天は地に強く、地は水に強く、水は火に強く、火は天に強い」
それだけ言うと、白い指をぱちんと鳴らして、別のネイティアルを呼び出した。
「オオーッ」
雄たけびも勇ましく、ハンマーを構えた老人が飛び出す。
ずんぐりむっくりの体型で、ヒゲがすっかり白くなっているほどの年寄りなのに、やたらと元気に跳ね回っている。
「これも、ネイティアルなのか?」
老人の落ち着きのない様子に、公爵はあきれた。
「そう。火のネイティアル、ヘピタス。
 火の属性の中では、最低クラスの初心者向けね。
 でも…」
メルレットが指先で合図すると、ヘピタスはうれしそうにジャンプした。
こともあろうに、公爵が召喚したアモルタミスに、ハンマーを振り上げる。
一撃、もう一撃。
容赦のない攻撃を受けて、アモルタミスは消し飛んでしまった。
「ね」
メルレットはヘピタスの頭をなでながら、公爵にウインクした。
「属性が有利なら、下級のネイティアルでも、上級のネイティアルを倒すことができるのよ。
 このことが一番重要と言っても過言ではないわ。
 さあ、本当の修行はこれから。
 いきなりアモルタミスを出したんだから、手加減はしなくってよ……」




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