「逃げてください、マスター!」
マームが叫んだ。
炎を吹き出す大鎌が目の前まで迫っている。
全身を真っ赤に燃え立たせた狂戦士、オーンヴィーヴル。
恐るべき破壊力を持つ炎のネイティアルが、耳をつんざく笑い声をあげた。
「ここはワシらに任せて!」
満身創痍のヘピタスが最後の力を振り絞って、俺の前に立つ。
「レキュー共、マスターをお守りしろよ!」
それが最後の叫びとなった。
恐怖の鎌が宙を裂き、ヘピタスのハンマーが遠くに吹き飛ばされた。
俺はレキューたちに守られて、森から去った。
それから、どのくらい時間が経ったのだろうか。
俺は疲れ果て、森の外れで動けなくなった。
遠くでふくろうが鳴いている。
さっきまでの死闘が嘘のような静けさだ。
俺は、ヤツに負けたのだ。
この森を支配する恐ろしいネイティアル・マスター。ヤツは強大な魔力と強力なネイティアルを呼び出す術を持っている。
それに比べ、俺はわずかな魔力しか持たず、呼び出せるネイティアルもせいぜい5種類だ。
段違いの実力差。
俺は、ヤツに勝てない。
「…お若いの、こんなところでなにをしとるのかね」
ふいに、頭の上で声がした。
薄目を開けてみると、長いローブを羽織った老人が立っている。
曲がった杖を持ち、膝に届くほどの長い顎鬚をなびかせている。
なんだ、このじいさんは?
俺は跳ね起きた。
「ほっほっほ、元気じゃのう。
ずっと倒れておるものじゃから、死んでるのかと思ったぞ」
「ほっといてくれ」
俺はふてくされて後ろを向いた。
「まあまあ、そう邪険にするな。
少し、この老いぼれの話し相手にならんか?」
老人は手にした頭陀袋を開き、果実や干し肉を並べた。
どこから持ってきたのか、ぶどう酒まで出てくる。椀だかコップだか分からない形の容器に赤い液体をなみなみと注ぎ、俺の手に持たせた。
「お近付きの印じゃ。
まず、乾杯」
老人は容器を高くかかげた。
俺もつられて酒を飲む。苦い味がする。
「おまえさん、どこから来たんじゃ?」
老人は気安く尋ねる。
「どこからでもねェよ」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「俺には家なんかねェ。親も知らん」
「しかし、ひとりで育ったわけじゃあるまい」
「ひとりで育ったんだよ」
そう、俺は天涯孤独の身。
生まれてすぐに捨てられて、盗賊の親方に拾われた。
かっぱらいやコソ泥の仕方を覚えて、なんとかここまで大きくなったのだ。
盗賊稼業からは足を洗ったが、足抜けの代価に片目を支払った。
今じゃ、しがない賞金稼ぎ。
ちょっとばかりネイティアルが操れるのを頼みに、その日暮らしをする身の上だ。
こんな話を聞いたら、じいさん、ひっくり返っちまうぜ。
「苦労しとるんじゃの」
じいさんは、心を見透かすように、俺の顔を覗き込んだ。
「おまえさん、ヤツと戦ったんじゃろ?」
「ヤツって…知ってるのか?」
「森のマスターはよくないヤツじゃ。
あやつは森に入る人々を脅かし、動物たちを殺しておるのじゃ。
おお、恐ろしい。このままでは、森が死んでしまう…」
じいさんはため息をつきながら、顎鬚をしごいた。
「村の衆から、おまえさんが森に入ったと聞いて、期待しておったんじゃよ。
若いネイティアル・マスターが、ついに森のマスターを倒してくれると思っての」
「そいつは気の毒したな。
どうせ、俺は賞金に目が眩んだだけさ。
ヤツは俺の手には負えない。
せっかく酒までごちそうしてくれたが…俺じゃダメなんだよ」
「そうかのう。おまえさんはイキがよくてすばしこいし、ナイフも投げられるじゃないか」
「よく知ってるな、俺の得意技を」
俺はあきれた。
「けどな、じいさん。
ネイティアル使いの勝負は、ネイティアルで決まるんだよ。
何度も試したが、あのオーンヴィーヴルにゃ、お手上げだ。
あいつを呼び出されたら、マームやヘピタスじゃ歯が立たないんだ」
「ふぅん。それじゃ、おまえさん、尻尾を巻いて逃げるのかね」
じいさんは意地悪く笑った。
「面白い話をしてやろう。
せめて、おまえさんの臆病風が吹き飛ぶようにの。
その昔、西方の国を守った勇者の話じゃ…」
* * *
その男は、国一番の勇士だった。
素手で組み合っても、剣を交えても、彼の右に出る者はいない。わけても得意な武器は矛であり、どんな敵も、彼の矛が光るのを見るや、一目散に退散してゆくのだった。
人々は、彼のことを神矛−トリスーラ−の勇士と呼んでいた。
彼の守る国は平和で、とても豊かだ。
ある年の収穫祭のこと。
王は国中の勇者を集めて御前試合を行った。
もちろん、トリスーラの勇士は優勝の最有力候補。
瞬く間にトーナメントを勝ち上がり、優勝決定戦に進出した。
しかし、この国の勇者はトリスーラの勇士ただ一人ではない。
もう一人、赤兜−あかかぶと−の騎士と呼ばれる男がいた。
優勝決定戦は、このふたりで行われることになったのだ。
二人の力はほぼ互角で、日暮れになっても勝負がつかなかった。
トリスーラの勇士の矛と、赤兜の騎士の剣が、百回二百回と打ち合わされる。
押しては押され、攻めては防ぐ大熱戦の中、思わぬハプニングが起きた。
地震だ!
勇者たちは戦いをやめ、悲鳴をあげる人々を静めた。
ふたりとも、戦士である前に、この国を守る将軍なのだった。
すばやく都の中に散らばり、被害の状況を調べる。
幸い、建物が到壊するなどの大きな被害はなかった。
祭りは続行され、御前試合も翌日に持ち越されることになった。
あくる日。
早朝から人々は興奮の中にあった。
いよいよ、トリスーラの勇士と赤兜の騎士の勝負が決する時がきたのだ。
ラッパ手が高らかにファンファーレを吹き鳴らす。
武舞台の右側コーナーに、真っ赤な兜をかぶった騎士が現れた。
「うおおーっ」
熱狂的な声が会場を包む。
赤兜の騎士はスラリと剣を抜きはらい、歓声に答えた。
再び、ファンファーレが鳴る。
人々の目は、武舞台の左側コーナーに集中する。
ところが、そこからは誰も現れない。
ざわめく会場。
間の抜けた時間が流れた後、一人の小姓が舞台にまろび出てきた。
「た、大変です。トリスーラの勇士様が、消えました!」
会場は、たちまちブーイングの嵐となった。
王は怒ったように退席し、祭りはすっかりしらけきってしまった。
赤兜の騎士は「臆病者め!」と叫び、剣を武舞台に投げ捨てた。
数日後、トリスーラの勇士はボロボロになって都に戻ってきた。
服もマントも汚れて破け、鉄の鎧は無残に錆ついている。
知らせを受けた赤兜の騎士が城門まで迎え出ると、トリスーラの勇士は「やあ」と笑って手を振った。
「貴様、どこへ行っていたんだ?」
大事な御前試合をすっぽかされたことも忘れ、赤兜の騎士はトリスーラの勇士の手を取った。
「海辺の村へ行ってきたんだ」
「なんだと?」
「海亀の産卵期でね…」
それだけ言うと、トリスーラの勇士はどたりと倒れた。そして、そのまま眠り込んでしまった。
いったい、この男はなにをしていたのか。
その答えは、後日現れた海辺の村からの使者によってもたらされた。
使者の話によれば、トリスーラの勇士は、海辺の村を大波の被害から救ったのだと言う。
都で御前試合が行われようとしていた時、村には異変が起きていた。
海岸線がいつもよりはるか遠くに後退していたのだ。
村人たちがいぶかしがっていると、トリスーラの勇士が現れて、みんなを高台に避難させた。
すると、大きな波が押し寄せて、村ごと飲み込んでしまった。
トリスーラの勇士は、地震の後、大波が起こることを予測して、人々を助けに来たのだった。
ひとりのケガ人も出さずにすんだおかげで、村はすぐ復興作業にとりかかることができた。
また、この時はちょうど海亀の産卵期にも当たっていた。
海岸に打ち上げられてひっくり返った亀たちを助け、砂浜の上にむき出しになってしまった卵をもう一度埋めなおしてやる。
トリスーラの勇士は、村人たちと協力して、そんな作業にも従事した。
「それで、帰ってこられなかったのか…」
赤兜の騎士は半分感心し、半分あきれて使者の話を聞いた。
使者は、王の前にたくさんの海産物を並べ、
「村人からの感謝の気持ちです」と、おじぎした。
それから数年後。
平和な国にも、ついに本当の災厄が訪れる時が来た。
強大な大国が、侵略戦争を仕掛けてきたのだった。
すばやい軍船が何百隻も押し寄せ、海から攻め立ててきた。
トリスーラの勇士と赤兜の騎士は軍隊を率いて勇ましく戦ったが、多勢に無勢、圧倒的な兵力を誇る大国に押されつづけた。
もはや、最後の命運を賭けた戦いにうって出るしかなくなってしまった。
二人の将軍は、ありったけの船を並べ、ありったけの兵士を総動員して、大国の大軍勢を迎え撃った。
激しく、悲惨な海戦が始まった。
海上の戦いに長けた敵軍は、いしゆみや投石機を使って、瞬くうちに味方の船を沈めて行く。
海上の陣形はバラバラになった。
指揮官たちを乗せた船に、敵の小船が次々とぶつかってくる。
敵の兵たちは足に羽が生えているかのようにすばやく、船から船へと飛び移って、殺戮の限りをつくした。
トリスーラの勇士と赤兜の騎士が、獅子奮迅の活躍をしても、敵勢はひるむことがなかった。
「将軍、逃げてください! 敵の将船が、もうすぐ来ます!」
伝令兵が二人の前に転がり込んできた。
見れば、鉄の装甲に固められた巨大な船が、すぐそばに迫っている。
鉄の船は味方の小船をなぎ払い、押しつぶしながらこの船をめがけて突進してくるのだった。
「赤兜!」
トリスーラの勇士は矛を構え直して叫んだ。
「君は戻り、王を守れ」
「貴様はどうするのだ」
「あの船を止める!」
言うや否や、トリスーラの勇士は舳先から跳躍して、隣の船に飛び移った。
矛を振り回し、居並ぶ敵をなぎ倒しながら、鉄の船に向かって突き進んで行く。
赤兜の騎士はその姿を見送り、つらい決断を下した。
「退却!」
|
©Nihon Falcom Corporation.
All rights reserved. |