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後編 ]
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そして、敵国の軍勢は、ついに上陸した。
トリスーラの勇士は、あの鉄の船を沈めたものの、再び本陣に帰ってくることはなかった。
生き残った兵士の一人が、彼らしき人物が海に浮かび、沖へと流されていったのを見たと言う。
その話が広まると、味方の兵士たちはますます戦う意欲をなくしてしまった。
都は荒らされ、敵勢は城の中にも攻め込んだ。
とうとう、王が捕らえられた。
頼みの綱の赤兜の騎士も、深手を負って、生け捕りにされた。
王と将軍は敵の船に連行された。
その船には、敵国の王子が待っていた。
「ずいぶんてこずらせてくれたものだ」
王子は、捕虜たちを見下ろして、満足げに笑った。
その隣には、黒覆面をかぶり大きな斧を持った二人の男が控えている。
死刑執行人だ。
王と赤兜の騎士は処刑台の上に縛り付けられた。
「ところで、赤兜の騎士よ」
冷酷な王子は深手を負った騎士の頭に手を置いた。
「そなたは、ひとかどの勇者と聞く。
私に忠誠を尽くすと言うなら、重く用いるぞ」
卑劣な申し出に、赤兜の騎士は獣のような唸り声を上げた。
「殺すなら、殺せ!
黄泉へは行かず、永劫おのれを呪ってくれるわ!」
「ふん」
王子は冷ややかに笑って右手をあげた。
刑吏たちの両腕が音もなく持ち上がる。
くろがねの斧が王と赤兜の騎士の頭上で輝いた。
その時。
巨大な軍船がぐらりと揺れた。
水しぶきが甲板を覆い、周りに控えた無数の軍船が音を立ててぶつかり合った。
刑吏たちが斧の重さに耐えかねて逆さまにひっくり返る。
「なんだ!」
王子は甲板の縁にしがみついた。
目の前で船が次々と転覆する。
真っ黒な生き物の顔が王子の頬を掠めた。
「か、亀?」
艦隊の下には無数の海亀がいた。
亀たちは頭や甲羅を使って、手当たり次第に軍船をひっくり返していく。
大国の兵たちはどうすることも出来ずに、右往左往した。
「陛下!」
あっけにとられる王と赤兜の騎士の耳に、懐かしい声が響いた。
銀色に輝く矛を携えた将軍が、海の上に現れた。
ひときわ大きな亀が彼の足を支えている。
「トリスーラの勇士!」
死んだはずの勇者は大きく跳躍し、甲板の上に飛び移った。
王と赤兜の騎士の戒めを矛のひとふりで叩き切る。
トリスーラの勇士は二人を両脇に抱えて、再び亀の背に跳躍した。
亀たちは待っていたとばかりに、巨大な軍船をひっくり返した。
こうして、海から押し寄せた大軍はあっという間に滅びた。
国を救った勇士は、少しも誇ることなく「亀たちが私を助けてくれたのだ」と言った。
西の小国は復興し、末永く栄えた。
* * *
「この物語の意味がわかるかの?」
老人はゆっくりとぶどう酒をすすった。
「じいさんは、俺に、トリスーラの勇士になれというのか?」
「さてのう。おまえさんはおまえさんじゃからな」
「いったい、なにが言いたいんだ」
老人は意味ありげに笑って、頭陀袋の中に手を突っ込んだ。
「おまえさんには、かの勇士の心がわかる、そう思うただけじゃよ。
ひねくれたフリこそしとるがの」
そう言って、麻で出来た茶色い袋を差し出す。
「なんだ、こりゃ」
俺は、つい、その袋を受け取った。
「ま、お守りみたいなもんじゃ。
おまえさんが森のマスターと戦う時、臆病風に吹かれんようにするためのな」
まったく、フザケたじいさんだ。
老人は俺をからかった挙げ句、更に意味ありげな笑いを残して立ち去った。
それが悔しかったからではないが、俺は再び森のマスターに戦いを挑んだ。
勝っても負けても最後の挑戦にするつもりだった。
ところが、どうしても勝たなければならない戦いになってしまった。
戦いを始める前、俺は動物達がいない場所を見定めてから、森のマスターを挑発した。
だが、どうしたことか、鹿の群れが戦場に迷い込んできたのだ。
森のマスターはそんなことにはかまわず、オーンヴィーヴルを呼び出して群れの真ん中に突っ込ませた。
狂った大鎌が、鹿たちを追い散らす。
「くそっ!」
俺はマームを呼び出して、鹿の救助に向かわせた。
ここでマームの分の魔力をさかなければならないのは、とても苦しい。
俺の魔力は、ただでさえ、敵のマスターより劣っているのだ。
「マスター、気を付けなされ!」
ヘピタスが俺の横に迫ったパ・ランセルをぶん殴った。パ・ランセルは倒れ損なってよろめき、最期の一撃を放つ。
俺は、ヤツの両手の分銅をモロに受けた。
「痛てェ…」
気絶しそうになるのをこらえてナイフを投げる。かろうじてパ・ランセルを倒すことが出来た。
だが安心している場合ではない。
あの、恐るべきオーンヴィーヴルが目前まで迫っていた。
俺はレキューを呼び出したが、2体のオーンヴィーヴルの攻撃に遭い、瞬く間に消滅させられてしまった。
そこへ、追い立てられた鹿たちが駆け込んできた。
「マスター、よけてください!」
鹿たちを守っていたマームが一緒に後退してきた。
道をあけ、鹿たちを逃がす。
容赦なく迫るオーンヴィーヴル。
俺は、間一髪で鎌をかわした。
すると、一頭の雌鹿が俺の前でうずくまった。
その前足の間には、子鹿がいる。
子鹿は足をくじいたのか、動くことができない。
オーンヴィーヴルが来る!
俺は、無我夢中で母子鹿の前に躍り出る。
「いけません!」
マームが悲鳴のような叫びをあげた。
その刹那。
俺は、自分の体が光るのを感じた。
今までに感じたことのない、巨大な波のようなうねりが俺の中から湧き起こる。
銀の矛をきらめかせた戦士が、目の前に現れた。戦士の足元には巨大な亀がいる。
「ネプトジュノー!」
マームがうれしげに叫んだ。
矛を持った戦士は、オーンヴィーヴルに正面から対峙した。
その力強い跳躍と共に、激しい魔力の水しぶきが炸裂する。
オーンヴィーヴルはひるみ、後退しようとしたが、ネプトジュノーのスピードにはかなわない。
炎の狂戦士は、瞬く間に消滅した。
ネプトジュノーは鹿の母子が安全な場所まで逃げるのを見届けると、猛然と敵のマスターに向かっていった。
「今じゃ! 総攻撃!」
ヘピタスがハンマーを振り回して、その後に続く。
俺もナイフを構えて走り出した。
本当に夢中だった。
戦いが終わっても、まだ心臓の音がどくどくと響いている。
俺は、勝った。
あの強力な水のネイティアル・ネプトジュノーのおかげで。
今まで、あんなネイティアルを呼び出せたことなどなかったのに。
「ほっほっほ、やっぱり思った通りじゃったの」
気が付くと、いつの間にか顎鬚の老人が立っていた。
「ネプトジュノーは役に立ったかの?
あれこそが伝説の英雄・トリスーラの勇士の御霊じゃ。
彼は数々の偉業を成し遂げた後、死してネイティアルとなった」
老人は満足げに顎鬚をなでた。
俺は、急に力が抜けてへたりこんだ。
「なんだ。じいさんが呼び出したのか…」
「いやいや、呼び出したのは、おまえさんじゃよ。
ワシはその麻袋を渡しただけじゃ」
俺は、老人のくれた袋に手を当てた。中に硬いものが入っている。
「青銅の亀甲じゃ。
それを持っているものは、ネプトジュノーを呼び出すことができる。
しかし、持っていればいいというものではない」
老人はにっこりした。
「ネイティアルを呼び出すには、ネイティアルの心を知らねばならぬ。
人にも動物にも優しくて、勇敢なトリスーラの勇士の心が、おまえさんにはわかると思ったのじゃ」
「へっ。冗談じゃねぇや」
俺は気恥ずかしくなって横を向いた。
「俺はただの賞金稼ぎだ。自分勝手に生きてるだけさ。
だいたい、じいさんこそ、ネイティアル・マスターなんじゃないか?
どうして森のマスターを倒さなかったんだ」
「ほっほっほ」
老人は笑いながらくるりと後ろを向いた。
「ワシは年寄りじゃからのう。
おまえさんのように、すばやく動くこともできんし、勇気もないのじゃ」
そう言って、すたすたと歩き出す。
老人は、月明かりの中、去って行こうとしたが、思い出したようにくるりと振り向いた。
「おまえさんが呼び出すネイティアルが、清廉な青いオーラに包まれているのを見て、ネプトジュノーを託す気になったのじゃ。
戦いのさなか、夢中で鹿をかばったことは忘れられんよ。
きっと、誰かのためになる良いネイティアル・マスターになれる」
そして、老人は今度こそ振り向かずに去っていった。
俺は老人のくれた麻袋を握りしめ、反対の方向に向かって歩き始めた。
終わり
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