[
第三回 ]
|
猫背の男は、痛むあごを示しながらクダをまいていた。
場末の酒場で。
世間知らずの少女を売り飛ばして儲けようとしたところを、妙なじいさんに邪魔されてこのありさまだ、と。
同じテーブルでは、半端者たちが笑いながら酒を喰らっていた。
誰も男の話など聞いてはいなかった。
男はヤケクソになって大声で我が身の不幸を呪った。
あごが痛んでうずくまる。
店の奥のほうで飲んでいた旅装の男が近づいてきた。
「そりゃあ、ヘピタスの仕業だな。くわしく話を聞かせてくれよ」
少女はヘピタスを連れて、数日の間、炎の神殿の情報を集めた。
調査は思ったよりも順調で、それらしき遺跡がすぐそばにあることがわかった。
くだんの神殿は、少女が最初に訪れた町からわずか二日ばかり歩いた森の中。尼僧院からは三日ほどの道程ということになる。
何年もかかるかもしれないと腹をくくっていたが、思わぬ急展開だ。
少女とヘピタスは森へ向かう小道を一日中歩き続け、一夜の休息を取ろうと、やわらかな草の上に座った。
ヘピタスはかいがいしく小枝を集めてくると、ハンマーから火を出して焚き火を作った。
兜をひっくり返し、角の部分を器用に地面に刺して鍋の代わりにした。
町で仕入れた米を入れ、くつくつと煮込む。
さすがは火のネイティアル。火加減も巧みに、おいしそうな粥を作り上げた。
少女が一口食べてにっこりすると、ヘピタスも嬉しそうに笑った。
マスターとネイティアルの心はシンクロするものなのだろう。
少女とヘピタスは見た目こそ全く違うが、二人とも同じように無邪気に笑った。
少女が粥を食べ終わると、ヘピタスは兜をかぶり、ハンマーを構えて番をした。
ネイティアルに眠りは要らない。
少女はヘピタスに守られて安らかな眠りに落ちようとした。
その時。
少女の頭上の木で眠っていた鳥たちが一斉に飛び立った。
ドォン!
辺りの空気を震わせて、赤い稲妻が走った。
ヘピタスが少女をかばう。
漆黒の空から、長い髪をなびかせた女戦士が舞い下りてきた。邪悪な赤い光を纏っている。
「キュリア・ベルか!」
ヘピタスはハンマーを振り上げ、キュリア・ベルの後ろに回り込んだ。
「オオーッ!」
雄叫びも高らかに殴りつける。
二回、三回とハンマーを振るうと、女戦士は霧のように消滅した。
「近くに悪いヤツがおる!
あんさまを狙うネイティアルマスターがおるぞい!」
少女は最初の雷ですっかりすくんでしまい、動くことが出来なかった。
ヘピタスが少女の腕を掴み、立たせようと引っ張る。
もたもたしているうちに、新手がきた。
それらはゆっくりとしたスピードで少女とヘピタスを囲んだ。
赤い液体を満たした巨大なガラス玉。
中ほどに鳥のくちばしと小さな翼が生えている。
この世のものとは思えないおかしな化け物たち。
「しまった、レキューじゃ」
ヘピタスは少女をかばいながら後ずさりした。
「逃げなされ、ここはわしが引き受ける」
ヘピタスは少女を突き飛ばし、レキューの群れの中に突っ込んだ。
自慢のハンマーを振り回す。
レキューたちはヘピタスにくちばしを向け、一斉に赤い水を噴き出した。
ヘピタスがよろめく。
「早く逃げなされ!」
四方からレキューの攻撃を浴びて、ヘピタスは叫んだ。
少女は夢中で走り出した。
少女の姿が森の奥に消えた時、ヘピタスは霧となって消滅した。
「…驚いたな。あの女に生き写しだ」
旅装の男は、レキューたちの側へ歩み寄りながらつぶやいた。
レキューたちが作り物のような翼を震わせて、自分たちのマスターを囲んだ。
旅装のマスターはガラスの下僕たちをなで、苦労をねぎらった。
「あれは、あの女の娘なのか。だとしたら…」
…待っていた。
暗闇の中に、炎が浮かび上がる。
少女が頭をあげると、四本腕の巨人がいた。
巨人は宙にあぐらをかいている。
…来い。わが神殿はすぐそばだ。
宙に浮かんだまま、すうっと移動する。
少女は巨人を追いかけようとした。
「待って!」
足がもつれて動けない。走れない…
気が付くと、少女は森の中で倒れていた。
鬱蒼とした木々の隙間から朝の光が漏れている。
あたしは助かったのかしら。
森はいよいよ深く、どうやったら出られるのかもわからない。
昨夜、レキューの群れに突っ込んでいったヘピタスの姿が心の中によみがえった。
ヘピタスさんは、あたしを守って消えてしまった。
あのおじいさんだけが、あたしに優しくしてくれたのに。
少女はすっかり弱気になってしまっていた。
尼僧院での穏やかな暮らししか知らない十四歳の少女には、こんな旅は辛すぎた。
いわれのない悪意をぶつけられ、見も知らない人たちに襲われ…。
今更ながら、尼僧院を出たことを後悔する。
もう四本腕の巨人なんかどうでもいい。
尼僧院に帰りたい。
優しいヘピタスさんに会いたい。
少女は今度こそ本当に耐えられなくなって泣いた。
「困ったのう。また、わしも泣きたくなるぞい」
暖かな声に、少女はびっくりして顔を上げた。
母の形見のペンダントが光る。
ハンマーを持った老人が目の前に現れた。
「ヘピタスさん…どうして?」
死んだんじゃなかったの?
「やれやれ、あんさまは本当にネイティアルのことをご存知ないんじゃのう。
わしゃあ、あんさまが死なん限り、死んだりゃせんよ。
そのハンマーとあんさまの魔力があれば、わしは何度でも召喚されるのじゃ」
「魔力?」
「うーむ…。説明するのは難しいの。
魔力っちゅうのは、あんさまの心の力じゃ。
腕や足に力があるように、心にも力がある。
心の力の強いものは、わしらネイティアルを実体化することができる。
つまり、わしはあんさまの力を糧にこうして出現するっちゅうわけじゃ」
わかったような、わからないような…。
「とにかくじゃ。
あんさまがわしを必要と思ったら…
会いたいと思ったら、こうして出てくることが出来るんじゃ。
だから、もう泣いたらいかんぞい!」
ヘピタスは口をへの字に曲げ、照れたような困ったような顔をして少女をなだめた。
その人のいい様子を見ていると、少女はなんだか勇気が出てくるような気がした。
「さあ、炎の神殿へ出発じゃ」
「でも…」
道に迷ってしまって、どちらへ向かったらいいのかわからない。
少女がそう言おうとすると…。
木立の間に、青白い炎が浮かび上がった。
「あ!」
炎は見る間に人型になった。
四本腕の巨人。
今までの夢よりも、尼僧院の封印された部屋の前で見た幻よりも、くっきりとした姿が浮かび上がる。
巨人はすうっと宙を浮遊し、案内するように木立の奥へと消えた。
「こりゃ、待て!」
ヘピタスが捕まえようとしたが、失敗した。
少女とヘピタスは、巨人の消えた方へと向かった。
第三回・終わり
|
©Nihon
Falcom Corporation. All rights reserved. |