封印 Shotr Stories
 [ 第四回 ]

炎の神殿は、木漏れ日もほとんど届かない森の奥にあった。
石積みの建物は木々の根や枝に侵食されて朽ちかけている。
赤く彩色してあったのだろうが、苔で覆われて緑色にしか見えない。
少女とヘピタスは今にも崩れそうな遺跡の中に踏み入った。

神殿の中は、がらんとした一つの広間になっていた。
ヘビの模様が彫られた太い列柱の向こうに、巨大な神像がある。
それは四本の腕を持ち、それぞれの手に剣や数珠や炎の輪を持っていた。
その肩には、首がない。
少女が近づくと、像は青白い炎に包まれた。
…待っていた。
夢の中で何度も聞いた声が響く。
…我が名はダルンダラ。封印されし者。
少女はダルンダラを見上げた。
「どうして、あたしを呼んだのですか?」
…汝こそ、我を解放せし者。
 その黒き衣。我を封印せし聖女の姿。
 闇と戦う乙女よ。
神像を包む炎が揺らぎ、少女の体を包んだ。不思議と熱くはない。
ダルンダラの声が、想いが、少女の全身を揺さぶった。
夢よりも明らかな映像が、少女の心に映し出された。

それは、三百年の昔。
ダルンダラは荒ぶる神であった。
村を焼き、畑を焦がし、人々を追い立てる。
その前に、黒き衣の乙女が立ちはだかった。
乙女は強靭な心の力…魔力を持っていた。
ダルンダラに、一振の剣をもって挑み、その首を切り落とす。
その時に、ひとつの約束がなされた。
「三百年の後、よみがえって、闇と戦う乙女を助けよ」
聖女は、未来に闇と名乗るものが世界を脅かすことを予見していた。
その時に人々を守りたいと思っても、神ならぬ身で三百年の時を生きることなど出来はしない。
だが、魔神であるダルンダラなら、長い時を越えることが出来る。
故に聖女はダルンダラを封印したのであった。

少女はダルンダラの炎の中で全てを知った。
これは運命。
お母さんが闇と戦っていたことも。
あたしが、これから闇と戦うだろうことも。
でも、どうしたらいいの?
あたしに何が出来るの?
少女が思うと、ダルンダラは応えた。
…我が像の手にある降魔の数珠を取れ。
見れば、神像の二本の左腕のうち、下に向けられた方の手に紫色をした数珠が握られている。
少女はヘピタスの手を借りて台座に登り、神像の膝へ上がった。
胴体にじゃらじゃらと絡み付いた装飾品に掴まりつつ、数珠に手を伸ばす。

「そこまでだ」
ぞっとするような低い声が響いた。
広間の入り口に旅装をつけた男が立っている。
「裏切り者の生き残りがいたとはぬかっていた。お前は、あの女の娘だな」
「あの女…」
「十四年前のことだ。
 我々は、幻のネイティアル・ダルンダラを探していた。
 その途中、あの女は我々を裏切り、逃亡した」
「あなたは、闇の者ですか?」
少女は叫んだ。
「あなたが、お母さんを殺したのですか!」
神像の膝の上から、旅装の男を睨みつける。
「ふふふ」
男は笑った。
「確かに殺した。殺したつもりだった。
 しかし、お前が生き残っていた。
 どうやって生き延びたのか不思議だったが、その身なりを見て納得した。
 尼寺に匿われていたのだな。あの女も油断ならないやつだ」
男はゆっくりと少女に近寄ってきた。
ヘピタスがハンマーを構える。
「出でよ、キュリア・ベル!」
男が怒鳴った。
男の体が赤い光に包まれ、長い髪の女戦士が現れた。
森の中で雷撃を食らわせてきたネイティアルだ。
キュリア・ベルはふわりと舞い上がり、両手剣を少女の頭上に振り上げた。
ヘピタスがハンマーでその剣を受け止める。
少女はバランスを崩して、神像の膝から落ちた。
台座の上に尻餅をついた格好で座り込む。
「ダルンダラ!」
少女は数珠を握りしめて念じた。
数珠が光る。
しかし、その光は一瞬青く瞬いただけで、すぐに消えてしまった。
「ははははは!
 お前ごときの魔力で、ダルンダラを召喚できるものか!」
旅装の男は高らかに笑いながら、次のネイティアルを呼び出した。
ガラスの鳥たちが現れる。
ヘピタスの苦手な水のネイティアル・レキューだ。
キュリア・ベルが少女に迫る。
「オオーッ!」
ヘピタスが慌てて少女を抱き上げ、台座の上から飛び降りた。
キュリア・ベルは追いすがって、雷撃を放つ。
ドォン!
ものすごい音と共に雷が少女とヘピタスを掠めた。
二人は衝撃で広間の奥の壁に叩き付けられた。
キュリア・ベルは尚も飛んできて、少女にとどめをさそうとした。
「なんの!」
ヘピタスが躍り出て、ハンマーを振り上げる。
一撃、また一撃。
炎の攻撃に耐えかねて、キュリア・ベルは墜落した。
「今じゃ!」
ヘピタスは少女の手を取り、走ろうとした。
しかし、少女はぐったりとうずくまっている。
全身を打った痛みで、低くうめく。
旅装の男とレキューが近づいてくる。
「しっかりなされ!」
ヘピタスは少女を抱えあげた。
全速力で走り出す。
「とにかく、逃げるんじゃ。レキューなんぞに追いつかれてたまるか!」




「かわいそうに。この尼さまも、あのネイティアルマスターにやられたのかのう」
「よくここまで逃げてこられたもんじゃ」
「ああ、おまえさん! 生きてるよ! この尼さま、生きてらっしゃる」
「早くお医者にみせるんじゃ」



少女が目を開けると、見知らぬ天井が見えた。
尼僧院の見慣れた梁ではない。クモの巣がついた黒い梁が見える。
寝たまま首を動かすと、やはり見知らぬ部屋の中。
白い前掛けをした中年の男がいた。
「おお、意識が戻った」
前掛けの男はにっこりと笑った。
その笑顔に邪気はない。
尼僧院を出てから、悪意のある人々しか見ていなかった少女は、ほっと安心した。
「あなたは…」
「私は医者です。
 あなたは、森に倒れているところを、山菜取りの老夫婦に助けられて、ここに運ばれました」
少女は寝台に手をつき、起き上がろうとした。
自分の手が自分のものではないように、ぐにゃりと力が抜けた。
「まだ起きるのは無理ですよ。五日間も寝ていたんですから」
医者は薬の入ったカップを差し出した。
少女は、助けられてどうにか上体を起こし、苦い薬を飲む。
「ヘピタスさんは…」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
きっと、あたしが気を失ったから、ヘピタスさんも消えちゃったんだわ。
ダルンダラの神殿から、なんとか逃げおおせて…。
そういえば、数珠!
慌ててきょろきょろする。
「ははは、大丈夫ですよ。あなたの持ち物は、ちゃんと保管してあります」
医者は笑って寝台の横のテーブルを示した。
紫の数珠も、母の形見のペンダントもちゃんとある。
壁には黒い僧衣がきちんと掛けられていた。

「先生、お食事…」
若い娘がドアを開けて入ってきた。
「あ! 気が付いたんですね! よかった」
娘は明るく少女の側によって、手をとった。
「尼僧院が襲われて、たくさんの尼さんがケガをしたと聞いたから…。
 でも、よくここまで逃げてこられましたね」
なんの話だろう。
尼僧院が襲われた、と言ったの?
あたしが寝ていた間に?
少女は娘に何が起きたのかを尋ねた。
「あら、あなたは尼僧院の尼さんじゃなかったの?
 なんでも、ガラス玉のお化けや、剣を持った女の精霊を操るネイティアルマスターが、突然、尼僧院を襲ったっていうのよ。
 尼さんたちは、近所の村に逃げこんだっていうけど。
 院長だけが尼僧院に残されているんですって」
「院長先生が!?」
少女は寝台から跳ね起きた。
「ち、ちょっと、だめよ、まだ寝てなきゃ!」
娘が慌てて寝かせようとするが、少女はそれを振り払った。
テーブルの上のペンダントと数珠を掴む。
「大変お世話になりました。いずれ、必ずお礼にまいります」

第四回・終わり
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