封印 Shotr Stories
 [ 第五回 ]

旅装の男は、院長の前に座っていた。
院長は静かに立っている。
「おまえさんもとんだ災難だったな。
 あの裏切り者の娘を匿ったばかりに、こんな目にあった」
男は菜園で作られたぶどう酒を一口飲んだ。
「つまらんことに関わらなければ、こうしてうまいぶどう酒を作って暮らしていられたのに」
院長は微動だにせず、男を見つめた。
「私は後悔などしていません。
 あなたが尼僧たちにケガをさせたことを残念に思います。
 もし、思い直してくれるのなら、私はあなたを許すことにします」
「は!」
男はぶどう酒の入ったカップを投げた。
「これは俺の使命だ。裏切り者は必ず処分する。
 なにも知らない子供であってもだ」


少女は、ヒースの野を急いでいた。
懐かしい尼僧院が近づいてくる。
わずか一週間ばかり離れていただけなのに、ずいぶんと昔のことのように思われる。
いや、今はそんな感慨にひたっている場合ではない。
少女は尼僧院の門に着くや、大きな声で呼んだ。
「院長先生!」
叫びながら、尼僧院の建物の中に入る。
「思った通り、馬鹿な子供だ。のこのことやってきたな」
旅装の男が現れた。
院長の手に縄を掛け、その端を握っている。
「来てはいけません。私のことなら、大丈夫。
 あなたは早くお逃げなさい」
院長が言った。
「うるさい」
男は院長を蹴飛ばした。
院長はつんのめって、少女の前に倒れた。
「ここまで来れば上出来だ。こんどこそ、お前を片づけてやる」
男は両手を上に伸ばし、ネイティアル召喚の予備動作に入った。
少女も遅れじとハンマーのペンダントを握りしめる。
「オオーッ!」
ヘピタスが雄叫びを上げて登場する。
少女は院長を引き寄せ、縛めを解いた。
男はまたしてもキュリア・ベルを召喚する。
「ヘピタスさん、お願い!」
少女は院長の手を取り、走った。
ヘピタスは大きく跳躍し、キュリア・ベルめがけてハンマーを振るう。
「そうはいくか!」
男がヘピタスの前に躍り出る。
手にした杖を振るって、ハンマーを打ち、キュリア・ベルをかばう。
キュリア・ベルはヘピタスから逃れて、少女と院長に迫った。
雷。
あたりが真っ白になる。
少女は衝撃をこらえながら、院長の手を引き、建物の中に逃げ込んだ。
迷路のような尼僧院の長い長い回廊。
入り組んだ建物の中なら、隠れながら逃げることができる。
とにかく、院長先生を安全な場所に隠さなければ。
年取った院長は少女のように早くは走れない。
一撃を外されていきり立ったキュリア・ベルが迫ってくる。
閃く両手剣。
少女は院長をかばって、前のめりに倒れた。
剣が少女の頭をかすめ、柱に食い込む。
「待てい!」
ヘピタスが走ってきた。
キュリア・ベルの背後から、痛烈な一撃をお見舞いする。
キュリア・ベルはぐらりと揺らいだ。
しかし、とどめをさすには至らず、再び宙に舞いあがる。
「もう逃げられんぞ!」
回廊の向こうに旅装の男とガラスの鳥たちが現れた。
キュリア・ベルとレキューに挟まれて、少女と院長は動けなくなった。
ハンマーを振るおうとしたヘピタスに、レキューが水を浴びせ掛ける。
「とどめを打て、キュリア・ベル!」
キュリア・ベルはマスターの声を聞いて、雷を撃つ動作に入った。

その時。
回廊に並ぶ扉のひとつが激しく光った。
「聖女の部屋が!」
院長が叫んだ。
封印された部屋の扉が、ひとりでに開いた。
少女と院長は急いでその中に逃げ込む。
そのため、キュリア・ベルの雷はまた外れた。
聖女の部屋には、棺らしきものが横たわっていた。
その隣に、大きな紫色の石がある。
石はテーブルほどの大きさで、不思議な光を放っていた。
…石の上に乗りなさい。
少女の耳に、女性の声が響いた。
「誰?」
少女は辺りを見回す。
しかし、躊躇している暇などなく、キュリア・ベルが迫っていた。
少女は院長の手を取り、二人で石の上に乗った。
その瞬間、石が激しい光を発した。
少女の体が青白く光る。
全身に力がみなぎるような気がした。
旅装の男はそのさまを見て、後ずさりした。
「まさか、こんなところに魔晶石が…!」
少女はほとばしる光の中で、強く念じた。
どうか、院長先生を助けてください!
すると、首に掛けた数珠が白く輝いた。
ゴォッという、炎の噴き上がる音。
少女の目の前に巨大な首が現れた。
怒りに燃えた魔神の顔。その髪は炎のように燃えている。
それは首だけで、宙に浮かんでいた。
「ダルンダラ!」
旅装の男は更に後ずさった。
ダルンダラはふわりと浮遊して、男の近くに迫る。
ドォン!
空気を震わせて、すさまじい衝撃音が響いた。
爆発。
ダルンダラの周りに、爆風が吹き荒れた。
男は悲鳴を上げることさえ出来ずに吹き飛ぶ。
キュリア・ベルも、レキューたちも、跡形もなく消し飛んだ。
少女は院長と抱き合いながら、光る石の上に座り込んだ。


それは、まさしく聖女の導きだった。
三百年前、黒き衣の乙女は荒ぶる魔神ダルンダラを封印した。
そして、三百年後の闇との戦いに備えた。
聖女は、自らの魔力をこめた石を中心に尼僧院を建立し、その後の生涯を祈りに捧げた。
少女は、封じられた部屋の中で聖女の魂に出会い、改めて自分の運命を知った。



「どうしても行くのですか?」
院長は、旅支度を調えた少女に、静かに尋ねた。
後ろには、仲間の尼僧たちが並んでいる。
「はい。私は、聖女の声を聞きました。
 私は闇と戦うために生まれてきたのです。人々の暮らしを守るために」
少女は凛としたまなざしを前に向け、はっきりと言った。
「そのためには、修行が必要です。
 私はヘピタスとダルンダラしか召喚することができません。
 もっと多くのネイティアルを探さなくては。
 そして、今はまだ見えない、闇の者たちの野望を打ち砕かなければ」
院長はうなずき、両手を胸の前で組みあわせた。
「あなたに祝福を」
他の尼僧たちも院長にならう。
少女は深く頭を下げ、歩き出した。
「…いつか…いつかまた、帰ってくるのですよ!」
院長は母親のように叫んだ。
少女は振り向き、にっこりと微笑んだ。
「戦いが終わったら、祈りを捧げにまいります」
そして、まっすぐに前を向き、ヒースの野へと歩き出した。



終わり
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