剣 Shotr Stories
 [ 第二十三回 ]



麦畑を抜けた向こうには、ハピそっくりの大きな河があった。
どの方向に進むべきか迷いながら辺りを見回すと、河沿いに集落があるのが見えた。
メルの国にある村とほとんど変わらない日干しレンガの家が並び、煮炊きの煙が所々にたなびいている。
メル・レー・トゥはその集落を目指すことにした。

家々の窓が見えるくらいの距離まで近づくと、なにやら奇妙な音がし始めた。
木材を打ち合わせるトンカンいう音、鳥の羽音に似ているが、明らかにそれとは違う大きなもののはためく音。
目的の集落に到達したとき。
目の前にはわけのわからない光景が拡がっていた。

なんと言い表わしたらよいのだろうか。
今までに見たこともないものなのだから、言葉にしようもない。
パピルスの中身をくり抜いて長く長く繋げた管が、蛇のように横たわっている。
管の先は水たまりの中に突っ込んでいて、その傍らには……得体の知れない建造物がある。
これが何かに似ているとしたら、ひまわりだと思う。
王宮の屋根ほどの高さだろうか。
日干しレンガを積み上げて作った塔の上部に、八枚の三角布を張った花型の輪がある。
風が吹くと輪が回って、地面を這うパピルスの管から水が噴き出した。
傍らには数人の青年たちがいて、歓声をあげている。
どうやら、管から水が出たことがうれしいらしい。
この巨大な玩具は、なんだろう?

いぶかしんでいると、今度は、奇妙な匂いが鼻をついた。
甘いのか苦いのか、喉の奥が酸っぱくなってくるような、キテレツな臭気だ。
匂いの元を見ようと首を巡らすと、娘たちがテラコッタの大鍋を火にかけている。
こんなに変な匂いなのだから、食べ物を煮ているのではないだろう。
それじゃ、なにを?

ここの人々は妙だ。
みんな、意味のわからないことをしている。
それに……
どうして若者たちしかいないのだろう。
これだけの集落なら、老人や子供がいてもいいはずだ。
だのに、二十歳前後の若者たちだけとは。

わけがわからなくて、頭がくらくらする。
しかし、ここがイアルの野であったことを思い出して、気を取り直した。
七つの穂を実らせる麦が生えているようなところだ。
なにがあったっておかしくない。
そう、こんなところだから、ハモンの剣もあるのだろう。
一刻も早く、それを手に入れなくてはならないのだ。
ぼやぼやしているヒマはない。
ひとつ息を吸い込んで、吐き出す。
誰かに聞いてみよう。
ハモンの剣の在処。

「うわあーっ!」
最も近くにいた青年に話しかけようとした時。
パピルスの管が暴れだした。
さっき、蛇のようだと思ったが、本当に生きた蛇のようにうねって、あちらこちらに水をぶちまけている。
青年たちは、大騒ぎしながら、パピルスの蛇を捕まえようとして走り回る。
水は鍋を囲んでいた娘たちの方まで飛び散って、そこら中がびしょ濡れになってしまった。
娘たちが文句を言っている。
どことなく楽しんでいるようにも見えるやりとりの中、パピルスの蛇はのたうち続けた。
離れて見ていたメル・レー・トゥの方にもやってくる。
「あっ!」
一瞬、体が後ろの方に引っ張られた。
頭すれすれのところを、パピルスの管がかすめて行く。
そのまま、後ろに尻もちをつく格好で座り込んだ。
腰と膝が誰かに支えられている。
「大丈夫かい?」
優しげな声が頭の上から響いた。
セケムに似た長い顔の青年が微笑んでいる。
「少し水量を増やしすぎたみたいだ。
 もっと改良しなくちゃ」
どうやら、得体の知れないものを作ったのは、この青年らしい。

「あれは、なに?」
メル・レー・トゥは、長い顔の青年に尋ねた。
「うーん、まだ、名前はない」
青年は頭をかいた。
「ここに来てから発明した装置だからね。
 河から遠い畑にも、水がくめるように工夫したんだ。
 だからまあ……『ハモンの水くみ機』かな?」
「ハモン……?」
「かっこ悪いかい?
 じゃあ、もう少し詩的に、ハモンの風羽根……ハモンの尽きない雨……」
青年は楽しそうに顎をさすりながら考え始めた。
話の焦点がズレている。
メル・レー・トゥが訊きたいのは、そんなことじゃない。
「どうしてハモンなのか?」
「そりゃあ、ここがハモンの村だから……、あ!」
青年は突然、両手を打ち鳴らした。
「そうか、君、来たばかりのバァ(魂)なんだね。
 ようこそ、イアルへ。
 君はどうしてハモンになったのかな?」
……わけがわからない。
メル・レー・トゥは、なにをどう質問すればいいのか迷って、頭を抱えた。
こちらの混乱をよそに、善良なセケム似の青年は続ける。
「山犬に言われたろう?
 心の重さを量ったとき」
「心の重さ?」
「全てのバァ(魂)は、生前の行ないを審判されるじゃないか。
 あの、天秤の部屋で」
さっき見た夢のことを言っているのだろうか?
確かに、私は天秤の上に載せられた。
その場には、山犬の頭の男がいた。
「正しく生きた者の心は、マアト(真実)の羽毛よりも軽い。
 もし、心が重ければ、そのバァ(魂)は、墓の谷に投げ込まれて、化け物のエサになってしまう。
 心軽い者だけがイアルの野に入ることを許されるんだ。
 そして、とりわけ他人のために働いたバァ(魂)たちが、ハモンとなってこの村に来る」
だんだん話が見えてきた。
そうか、ここはハモンたちの集まっている場所なのだ。
朱鷺は言っていた。
ハモンとは、様々な分野で人のために尽くした人々のこと。
名もない無数の尊い魂たちにつけられた、唯一の名前なのだと。
とすれば、この青年はハモンのひとりだ。
きっと、農業の発展のために努力したバァ(魂)なのだろう。

「あなたはハモンか?」
メル・レー・トゥは確認のために問うた。
「うん……まあ」
セケム似の青年は頭をかいた。
「一応、山犬はそういうことにしてくれたよ。
 ごらんの通り、失敗ばっかりしてるけど」
「ここにいるのは、みんなハモンか?」
「そうだよ。
 みんな、いろんなことをしてきた。
 僕のように農業をしたバァ(魂)もいるし、あそこにいる女の人たちのように、薬を作ったバァ(魂)もいる」
「では、剣もここにあるのか?」
「剣だって?」

セケム似の青年は、目を大きく見開いた。
「……剣って、なんのことを言ってるの?」
いぶかしげな声。
麦畑で会った青年と、同じ反応だ。
ハモンの剣とは、よほど危険なものらしい。
それでも、メル・レー・トゥは、ひるむわけにいかない。
背中を伸ばし、まっすぐな王女のまなざしを青年に向けて、言う。
「私は、ハモンの剣を取りに来た」
セケム似の青年は、刃物で切られたかのように、胸を押さえた。

「おーい」
気楽な声がして、青年の仲間たちが近寄ってきた。
仲間たちは、青ざめている青年の肩を叩いて、ふざける。
「なんだなんだ、実験に失敗したのがそんなに堪えたか」
「いつものことじゃないか」
「はっはっは」
陽気な言葉が回る。
セケムに似た長い顔の青年は、決してなごまず、青い顔をして唇をふるわせた。
その様子に、仲間たちも心配そうな視線を交わす。
長い顔の青年は、メル・レー・トゥを指さし、絞り出すように言った。
「……彼女は、ハモンの剣を欲しがっている……!」

青年の言葉の後、悲鳴のような声が一斉にあがった。
今の今まで穏やかだった若者たちが、剣呑な顔つきに変わる。
「ハモンの剣を?」
「そんなことを望むものが、どうしてイアルに入れた?」
「凶霊か!」

麦畑で会った青年の反応どころではない。
ハモンの青年たちは、厳しい目でメル・レー・トゥをにらんだ。
まわりを取り囲んで、獣でも追いつめるように輪を縮める。
メル・レー・トゥはハモンたちの顔を見比べた。
殺気を感じる。

まずい、と思ったときは、もう遅かった。
ハモンたちの腕が八方から伸びてくる。
小柄なメル・レー・トゥの体は、あっという間に抱え上げられた。
「何をする!」
騒いでみたって始まらない。
メル・レー・トゥはハモンたちに引っ立てられた。
罪人のように、どこかへ連行されるらしい。
「放して!」
叫んでみたが、ハモンたちは聞いてくれない。
メル・レー・トゥはそのまま、知らない場所へと連れて行かれるしかなかった。

第二十三回・終わり



©Nihon Falcom Corporation.
All rights reserved.