剣 Shotr Stories
 [ 第二十四回 ]



……考えてみれば。
私は、いつもこうやって有無を言わさぬ力で押さえつけられていないだろうか。
農民たちに拉致されたり、叔父の手の者に捕まったり、ジェアに閉じこめられたり、引き回されたり。
どうしてこういう状況に陥ってばかりなのだろう……。

メル・レー・トゥは、我が身の非力さを呪った。
ハモンたちは、さすがに高潔な魂だけあって、ジェアやデペイほど乱暴な扱いはしなかった。
ただ、メル・レー・トゥの自由を封じるために、粘土の護符を両手足につけた。
どういう魔法かは知らないが、手足の筋肉がすっかり萎えて、動かなくなってしまった。
腹立ち紛れに暴れることさえできない。
ぺったりと脚を投げ出して、人形のように座り込んでいるだけだ。
唯一自由になる首を巡らせて、辺りを見回す。
メル・レー・トゥはイチジクの木の下にいた。
まわりには日干しレンガの家もなく、ちょっとした広場のようになっている。
男女のハモンたちが、メル・レー・トゥを中心にして、大きな輪を作っていた。
裁判にでもかける気か。
しかし、悪いことをしようとしているわけではないのだ。
なんとかハモンたちに理解してもらわなくては。
メルの国を守るために、ハモンの剣が必要なのだから。

メル・レー・トゥは、王女の心で胸を反らし、昂然と頭を上げた。
ハモンたちがざわめいている。
「……凶霊?」
「邪神の差しがね……?」
詳しい意味はわからないが、物騒な響きの言葉が囁かれている。
……私を魔物の類とでも思っているのか。

やがて、人の波が割れ、背の高い青年がこちらへ歩み寄ってきた。
どうやら裁判官登場だ。

背の高い青年は、黄金のメネス(頭巾)を被り、両手に王錫を持っていた。
箱形の付け髭をきちんと装い、真っ白な麻のロインクロス(腰布)を巻いている。
意志の強そうな太い眉の下に、清廉なまなざし。
どことなく、父王ヘセティ四世に似た面差しだ。
ハモンたちは、青年に向かって手を伸ばし、最上級の礼を示した。
ざわめきが静まり、父に似た青年が第一声を発する。

「そなたが凶霊と?」
無邪気な響きさえある、短い質問が降ってきた。
メル・レー・トゥは少し憮然として、顎を持ち上げ、言い返す。
「凶霊とは、どういう意味か?」
「イアルの野に来たるべきでないバァ(魂)という意味だ。
 凶霊はイアルの秩序を乱し、善なるバァ(魂)を墓の谷へと追い立てる」
王の装いをした青年は、机ひとつ分ほど離れた位置で直立不動の姿勢をとった。
神像のような姿だ。
メル・レー・トゥは青年の顔をまっすぐ見た。
「私は、ハモンの剣を取りに来た。
 それは、こんな仕打ちを受けるほど、罪深いことか?」
堂々とした青年の顔は、メル・レー・トゥに王家の血脈を思い起こさせた。
相手の威風に合わせて、こちらも王女の心になる。
ジェアに囚われて以来、すっかり萎えていた尊き者の精神だ。

「そなたは、どうやってここへ来た?」
王の姿をした青年は、また短く問いかけてくる。
「朱鷺が教えてくれた」
メル・レー・トゥも、王女の言葉で端的に返す。
「今、強大な魔法の力を持った男が、メルの国を蹂躙している。
 朱鷺は言った。
 メルを救うにはハモンの剣を使うしかない、と」
王女の声は、凛として辺りの空気を打った。
イチジクの木を取り囲むハモンたちの中に、再びざわめきが起こる。
王の装いをした青年が右手を挙げて、それを制した。
「同じ話を、麦畑にいたバァ(魂)からも聞かされている」
青年は、両手に持っていた王錫を左手ひとつにまとめた。
神像のように組んでいた腕を下ろし、こちらへ歩み寄ってくる。
「そなたは、まだバァ(魂)だけの存在には、なっておらぬようだな。
 それが、この地へ来るとは……朱鷺はそなたに何を望んでいるのだろう」
「朱鷺を知っているのか?」
「無論。
 朱鷺は、我らハモンの導き手。
 人に知恵をもたらし、創造の道へと誘うもの。
 我らハモンは、朱鷺の声を聞き、その声に従って生涯を働き続けた。
 だが……朱鷺が破壊を促したことは、一度たりともなかった」
王の言葉に合わせて、ハモンたちが一斉にうなずく。
「知恵には、二種類がある。
 ひとつは、人を助け、諸象を産ましむる知恵。
 もうひとつは、全てを破壊する知恵だ。
 我らハモンは誰もが、このふたつのうち、どちらかを選ばねばならない局面に立たされた。
 そして、いつでも創造の知恵を選んできたからこそ、ハモンとなれたのだ。
 選ばなかった悪しき知恵、それがハモンの剣だ。
 そなたが欲しがっているのは、我らが捨てた禁断の武器」
王の声には、脅すような響きがこもっている。

だが、王女は、何を言われようとひるむつもりはない。
「ハモンの剣は、どこに?」
静かに唇を動かす。
ハモンの王は首を横に振った。
あきれたようにため息をついて、
「墓の谷だ」
そのたった一言は、まわりにいるハモンたちに怯えた声をあげさせた。
「墓の谷?」
王女は、王の言葉をなぞった。
王は言う。
「幸い満ちるイアルの野と、悪魔の住まう地獄との境。
 悪しき知恵と、それを選んでしまった愚かな魂が、さまようところ。
 ハモンの剣は怪物に守られている。
 怪物は、近づく魂を食らう」
王は右手の指を王女に向けた。
「もし、ハモンの剣を得ようとするならば、そなたは墓の谷の番人に食われてしまうだろう」
恐怖の宣言に、ハモンたちはまたざわめきだした。
王の厳しいまなざしが、王女を射る。
その目は、哀れみの色をも帯びていた。
ハモンの王は、メル・レー・トゥのバァ(魂)が滅びることを望んではいない。
むしろ、進んで恐怖の地へ赴こうとしているバァ(魂)を諫めようとしているようだ。
「それでも」
王女は、萎えた手足を引きずり、頭を振り立てた。
「私は行く。
 メルの国を守るために。
 私は、戦う!」
強く言い放った、その時。

「メル・レー・トゥ!」

王女の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
ハモンたちの中から、ひとりの娘が駆け出て来る。
肘から先と膝から先がやたらと長い、ガゼルのような肢体。
アーモンド型の大きな目。
まっすぐに通った鼻筋、小さめの唇。
鏡に映る王女の顔と、ほとんど同じ……

「お母さま……!」
王女は叫んだ。
レー神官の娘、ヘセティ四世の王妃、ルジェト。
母のバァ(魂)は、ハモンとなっていたのか。
生きていた時と変わらない、生命に満ちた姿で、こちらへ走ってくる。
メル・レー・トゥは懐かしさと愛おしさで、呼吸をするのも忘れた。
瞬きの間を惜しんで、母を見つめる。
暖かな微笑みがこぼれた。
髪をなで、子守歌を歌ってくれた幼い時と同じ。

「ハモンの王よ」
母は、ひざまずいた。
「娘をお許しください。
 バァ(魂)を試す機会をください」
「バァ(魂)を試す?」
聞き返す王に、母は王妃の仕事をしていた時と同じ、強いまなざしを向けた。
「もし、娘のバァ(魂)にやましさがあれば、墓の谷の番人が審判を下すでしょう。
 しかし、メルの国を守る強い心の力があるなら……」
母の目が、メル・レー・トゥの目をとらえた。
「成し遂げるでしょう。
 すべては、バァ(魂)次第です」

辺りは静まり返った。
ハモンの王はイアルの太陽に顔を向け、目を閉じた。
王錫を握り直し、胸の前で腕を交差する。
長い間、そうしていた後、ゆっくりと息を吐き出した。
太い眉の下で、静かに目が開く。
「……よかろう」

ハモンの王は、箱型の付け髭が胸につくほど、首を大きく縦に振った。
周りにいたハモンたちは、てんでに顔を見合わせて、なにか言おうとしたが、王の決定が絶対なのは、イアルでも同じことらしい。
やがて、三々五々に散って行く。
王もまた、ハモンたちの波と共に広場から退場した。

母は、そっと近寄ってくる。
さんざん頭を振りたてたせいで、すっかり乱れてしまったメル・レー・トゥの髪を、優しい指先が撫でる。
手足につけられた四つの護符を、ひとつずつ外して、母は娘を抱きしめた。
メル・レー・トゥは、自由になった腕で、思い切り母を抱き返した。
耳元で、暖かな声が言う。

「お行きなさい、あなたの道を。
 墓の谷の入り口まで、案内してあげます」

第二十四回・終わり



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