炎の半人前 Shotr Stories
 [ 第一回 ]

「もう、やんなっちゃう」
あたしはハタキを振り回して、そこいらの空気をかき回した。
だいたい、このお屋敷ったら広すぎんのよ。
どうせ、あたしとおっしょうさましか住んでいないのにさ。
しかも、ちっとも、オシャレじゃないの。
多分、ここに建てられてから、五百年は経ってるわね。
漆喰はあっちこっち剥がれてるし、天井中ホコリだらけだし。
特に、払っても払ってもクモの巣がかかるのが、すごーく、やんなっちゃう。
お掃除しても、ちっともキレイになんない。
ホントに、魔女の館ってカンジ。
ま、あたし、魔女だから、それでもいいのかもしれないけど。

「おいで、パ・ランセル」
両手の人差し指を上に向けて、ちょちょいと回す。
ずんぐりむっくりの木の人形が現れた。
ふらふら、コマみたいに揺れている。
両手に分銅が二つ付いているところは、ヤジロベーみたいにも見えるわね。
これは、パ・ランセル。
地のネイティアルなの。
「お掃除、手伝ってちょうだい」
あたしは、パ・ランセルの両手の分銅に、ハタキを二つ縛りつけた。
木の人形はゆらゆらと揺れながら、回りながら、ホコリだらけの壁や棚をたたきだした。

これで、楽ちん。
お掃除はパ・ランセルに任せて、ひと休みしちゃおっと。
魔女ってこういう時、楽なのよね。
そうよ、あたしったら、本当は優秀な魔女なんだから。
こんなところで、ホコリだらけのお屋敷の掃除なんて、しなくったっていいはずだわ。
おっしょうさまったら、あたしの才能が、全然、わかってない。
まだ14歳だからってバカにしちゃいけないわ。
なんたって、グリオンが出せるのよ!
あの、炎の鳥よ。
そんじょそこらのネイティアルマスターには、絶対ムリの、超特級ネイティアルなんですからね。

…なんてね。
ひとりで息巻いてても、しようがないわ。
ネイティアルがなんなのか、わかんないんじゃ、あたしの偉大さもわかんないわよね。
まず最初に、魔法学の初歩の初歩を話さなくちゃならないわ。
現代魔法の最先端理論によれば。
この世界は、水、火、天、地の四つの元素から成り立っているの。
例えば、今、あたしが着ているチュニック。
麻の布で出来ているんだけど…おっしょうさまがケチだから、絹のローブなんか、着られないのよ!…これも突き詰めると、四つの元素から形成されていることになるの。
麻は植物でしょ?
地と水によって育まれるから、地と水で構成されているっていうわけなのね。
お日さまの恵みも受けるから、火の元素も加わってくるわ。
そして、天に向かって伸びるから、天の要素も入る。
かくして、あたしのチュニックは、四つの元素をちょっとずつ組み合わせてでき上がったと言えるわけなの。
なんだかわかんない?
ま、魔女としての才能がなければ、ピンとこないことだから、しょうがないのよ。
そういうもんなんだと覚えてればいいわ。
とにかく、この世の中のものは、四つの元素が複雑に組み合わさって出来ているの。
…ところが、ね。
何事にも例外はつきものなの。
四つの元素が混ざり合わない…たったひとつの元素だけで構成されちゃうもの…そういう存在もあったりするのよ。
それが、ネイティアルなの。
ネイティアルは、火なら火、水なら水の単一の元素だけで構成された、純粋なるフュシス。
専門用語で申しわけないんだけど、そうとしか表現できないのよね。
フュシスというのは、ひとことで言えば『自然』ってことかな。
そうね、『意志を持つ自然』『精気』…ああ、もう!
面倒くさいから、精霊とか神様の一種だと思ってよ。
『異次元から召喚される精霊』。うん、これがわかりやすいわね。
でも、精霊や神様とは、ちょっと違うところがあるの。
それは、召喚する者の意志によって、姿や気性が変わることなのよ。
と、いうより、召喚する者の意志を映す、と言った方が正しいかしら。
つまり、悪い人が呼び出したネイティアルは悪事を働き、良い人が呼び出したネイティアルはいいことするってことなのね。
例えば、あたしがさっき呼び出したパ・ランセル。
コロコロしてて、すっごくかわいいでしょ?
お掃除とか、お洗濯とか、あたしのお手伝いをちゃんとやってくれるし。
でも、ウチのおっしょうさまの出すパ・ランセルは、かわいくないの。
意地悪オールド・ミスの性格、丸出し。
ネイティアルのクセに、あたしにお仕置きしたりすんのよ。
地下室に閉じ込めて、ずっと見張ってたり…

「半人前!
 半人前ちゃん!」
あら、やだ。
おっしょうさまだわ。
パ・ランセルにお掃除させてたなんて、バレたら大変。
「消えよ、パ・ランセル」
あたしは、両手の人指し指をちょちょいと回して、パ・ランセルを消した。
二本のハタキがぽとりと落ちる。
それを慌てて拾って、お掃除、お掃除。
「ああら、半人前ちゃん。
 今日はマジメにやってるじゃないの。感心、感心」
あたしはいつだってマジメですぅ。
わざと振り向かないで、お掃除しちゃえ。
「その調子なら、心配ないと思うけど。
 ちょっと出かけてくるから、それまでにお掃除を終わらせておくのよ」
え、お留守番?
あたしは、おっしょうさまの方を振り向いた。
上等の絹で出来た、紫色のドレスが目に入る。
おっしょうさまは、いつだって紫のドレスだけど、今日のはバッチリよそ行きだわ。
胸元と脚のスリットがこれ見よがしに切れ込んでいて、抜群のスタイルのよさを見せつけている。
唇はあくまで赤く、白い肌に映えて、雪の上に落ちた椿の花のよう。
エメラルドグリーンの瞳を長いまつげが縁取っている。
年齢不詳の妖しい艶やかさ…
偉大な魔女、紫のメルレット。
これが、あたしのおっかないおっしょうさま。
「どこへ行くんですか?」
あたしは、ちょっとふくれっ面でたずねた。
「会議よ。
 魔法ギルドの定例会。
 あーあ、面倒くさいったらありゃしない」
そういうわりには、ずいぶんおしゃれしてますこと。
きっと、会議の後で楽しいパーティがあるに違いないんだわ。
「あたしも行きたい…」
「なに言ってんの。
 ちゃんとした称号もないのに、会議に出られるわけないじゃない」
「おっしょうさまが称号をくれないからじゃないですか。
 あたし、もう、グリオンが出せるのに!」
あたしは、つっかかった。
おっしょうさまは両手を腰に当て、細い首をちょっとかしげた。
バカにするみたいなため息をつく。
「あのね、半人前ちゃん。
 確かに、グリオンを出せるのはすごいわ。
 才能あると思うわ」
そうでしょ?
わかってるんじゃないの。
「でもね、グリオンだけじゃ、ダメなの」
おっしょうさまは白い指先をあたしの鼻先にくっつけた。
「グリオンだけじゃありません!
 ダルンダラも、ブリックスも、オーンヴィーヴルも出せます!」
「じゃ、レキューは?」
「……」
おっしょうさまは勝ち誇ったように目を細めた。
…なんにも言い返せない。
そうなのよ。
あたし、水のネイティアルがひとつも出せないの。
ついでに言うと、天のネイティアルもダメ。
地は、なんとかパ・ランセルとディ・アルマを出せるけど。
後は全部、火のネイティアルなの。
「ネイティアルには、バランスが大切なのよ」
おっしょうさまは、ゆっくりとお説教を始めた。
「四つの元素に強弱の関係があるのは、わかっているわね?
 火は水に弱く、水は地に弱く、地は天に弱く、天は火に弱い。
 自慢のグリオンがどんなに強くても、水のネイティアルにかかったら、たちまち消し飛ばされてしまうわ。
 たとえ、最下級のレキューであったとしてもね」
悔しいけど、その通りだわ。
あたしは黙ってうつむくしか、ない。
おっしょうさまは、あたしの肩に手を置いて、優しくほほえんだ。
「焦らなくても大丈夫。
 あなたに才能があるってことは、ちゃんとわかってるわ。
 バランスよくネイティアルを出せるようになったら、称号なんか、すぐにあげる。
 それまでは、がんばって修行するのよ。
 そのうちイヤでも会議に出なくちゃならなくなるわ」
珍しく、優しいなぐさめ。
思わずグッときちゃう。
おっしょうさまったら、ちょっとはあたしをかわいがってくれてるのね。
「じゃ、そういうわけだから。
 お掃除サボっちゃダメよ。
 それから、魔法道具や召喚具、魔法書籍なんかも、いたずらしないように。
 いいコでお留守番してたら、お土産あげるからね。
 …半人前ちゃん」
おっしょうさまは、ウインクして、くるりと背中を向けた。


……。
…む…っかあーーっ!
なによ、なによ、その言い方は!
あたしは、頭にきて、手にしたハタキを投げようとした。
でも、おっしょうさまはすでに部屋から出て、どこかへお出かけしてしまった。
やり場のない怒りを、とりあえず床にぶつけることにして、ハタキを叩きつける。
もう!
半人前、半人前って、バカにして!
いいコにしてたら、お土産あげるからね、ですって?
子供扱いしないでよ!
あたし、もう14歳なんだから。
立派なオトナだし、それに、才能ある魔女なんですからねっ!
見てらっしゃいよ。
今に、うーんと力をつけて、見返してやるんだから。
そうよ!

あたしは、両手の人指し指を持ち上げて、ちょちょいと回した。
コロコロの二頭身パ・ランセルが現れる。
「おっしょうさまの部屋から、ネイティアル大全を持ってらっしゃい」
「エー…」
パ・ランセルは、ゆらゆら揺れながら、木の枝が擦れるような声を出した。
こんな姿だけど、ちゃんとしゃべれるコなの。
非・人間型のネイティアルは、しゃべれない場合が多いんだけど、あたしのネイティアルたちは、結構しゃべるのよね。
知能が高いのかしら。
「ソレハ、イケナイ…」
パ・ランセルは抑揚のない声で、口答えした。
ガクッと来る、あたし。
「なによ、マスターに逆らう気?」
肩を持ち上げて、怒ってみせる。
パ・ランセルは、相変わらず抑揚のない声で、
「めるれっとサマ、オソージ、シロトイッタ。
 イタズラ、ダメ、イッタ」
「いたずらなんかじゃないってば。
 …修行…そう、修行よ、勉強なの」
なにが悲しくて、自分で出したネイティアルに言い訳しなきゃならないんだか。
「シュギョウ?」
「あたしが立派なネイティアルマスターとして、称号を得るためよ。
 あんただって、あたしに偉くなってほしいでしょ?」
「エラクナル…?
 エライハ、ウレシイカ?」
「うれしい、うれしい、ウレシイわねえ」
あたしにまで、妙なしゃべり方が移ってきたところで、パ・ランセルは、こくんと首をかしげた。
木の人形のクセに、何か考えているような仕草をする。
「ますたー、ウレシイ、ぱ・らんせる、ウレシイ。
 ウレシイ、イイコト…」
つぶやきながら、ふらふらと部屋を出て行く。
やれやれ、だわ。
単純ちゃんなんだから。
…おっと。
自分の出したネイティアルのことを悪く言うもんじゃないわね。
ネイティアルは、マスターの心を映す鏡。
あのパ・ランセルが単純ちゃんなら、あたしも単純ってことになっちゃう。

ちょっと反省したところで、パ・ランセルがのたのたと帰ってきた。
両手の分銅を器用に使って、分厚い本を抱えている。
背表紙には、ネイティアル大全の金文字。
そうそう、いいコね。
よく持ってきてくれたわ。
あたしは、にんまりして本を受けとった。
早速、ページを開く。
おっしょうさまの憎ったらしい笑顔が頭に浮かんだ。
「見てらっしゃいっての。
 レキューなんか、ちょちょいのちょいで、出せるようになってみせるんだから」
「ガンバレ、ますたー」
パ・ランセルが、くるくる回りながら応援してる。
あたしのヤル気が映っているみたい。
「よおし!」
あたしは、おっしょうさまからもらった『瓶入りの船』を取り出した。
これは、レキューを呼び出すための召喚具。
修行を始めたその日にもらったもので、いつも放さず身に付けているの。
それを目の前において、ネイティアル大全の水の項目を開いてみた。
「…なになに…
 水のネイティアルを召喚するには。
 己が心を水とすべし」
あたしは、ちょっと頭をあげた。
これは、おっしょうさまがよく言ってることだわ。
あらゆる物質は四つの元素からなるものだけど、精神もまた、四つの元素に影響されるってこと。
実際、あたしが火のネイティアルばっかり出しちゃうのは、あたしの精神が火の元素に傾いているってことなのよね。
もっと言っちゃえば、あたしの性格は火みたいだってこと。
炎の情熱を持つオンナなのよね。
でも、水のネイティアルを出すには、情熱の炎を潜めておかなくちゃ。
水の心…ネイティアル大全によれば…
「ええと。
 水の心は、深い思索と、静かなる慎みによってもたらされる」
ちょっと。
なんだか、あたしが浅い考えで、落ち着きがないみたいじゃない?
「アタッテル」
パ・ランセルが、ぼつりと言った。
「大きなお世話よ!」
あたしは、木偶人形のでっかい頭をひっぱたいた。
「あたっ☆」
叩いた手の方が痛くって、飛び上がる。
丸木で出来た固い頭を、素手で叩くもんじゃなかった。
「大丈夫カ、ますたー」
「…へ、平気、平気…」
とりあえず強がっておく。
痛がったら、ホントに短気だって認めたことになっちゃうもん。
さあ、気を取り直して、水の心になるのだわ。
あたしは目を閉じ、瓶入りの船を両手にかかげて、静かに心を集中した。
「明鏡止水…我が心の深奥より、清らかなる水よ、あふれ出でん…」
魔女らしく、セオリー通りの呪文まで唱えてみちゃったりして。
体中の気が、おなかの下の方に集まって行く。
やがて、脊椎を震わせ、髪の毛一本一本の先からも気が放出される。
これぞ魔女の力!

「オオーッ!」
あたしの体が一瞬光り、野太い雄叫びが響いた。
…野太い雄叫び?
イヤな予感に、目を開けてみる。
「お呼びか、マスター!
 今日は何して遊ぶんじゃ?」
白いヒゲを蓄えたずんぐりむっくりのおじいちゃんが跳ねていた。
角のついた兜に革の鎧という勇ましい、いでたち。
炎を吹き出すハンマーを振り回して、
「遊ぼう遊ぼう」
と、はしゃいでいる。
この落ち着きのなさ。
いかにも活動的な火のネイティアルにふさわしいわ。
「ヘピタス…」
あたしは、がっくりと肩を落とした。
レキューを呼ぼうとしたのに。
なんで、ヘピタスなのよ?
あたしは、首からぶら下げたハンマー型のペンダントを指でもてあそんだ。
おっしょうさまからもらった召喚具は、全部で五つ。
パ・ランセルの『傀儡の独楽』、レキューの『瓶入りの船』、天のネイティアル・ギュネ・フォスの『榊木の錫杖』、地のネイティアル・ディ・アルマの『祈願の達磨』、そして、ヘピタスの『赤銅の大鎚』。
この五つは、いつでも身に付けているの。
わざわざレキューの召喚具をかざして念じたっていうのに、ヘピタスの召喚具が反応しちゃったんだわ。

「どうしたマスター、悲しいか?
 いじめられたか?
 マスターをいじめるヤツは、ヘピおじさんがこらしめてやるぞい」
ヘピタスはしゃがんで、あたしの顔をのぞき込んだ。
「イジメラレテナイ。
 ますたー、シュギョウ。
 れきゅー、ヨンダ。
 デモ、オマエデタ、ガッカリ」
パ・ランセルが怪しい言葉で説明する。
「わしゃあ、お呼びじゃなかったんか?」
ヘピタスが悲しそうな声を出した。
「あー、あー、あー、そうじゃないのよ!」
あたしは、両手を振り回して否定した。
人のいいおじいちゃんを傷つけちゃいけないわ。
「えーとね…そう、そう…相談。
 ヘピおじさんに、相談しようと思ったのよ。
 どうしたら、水のネイティアルが出せるのかなって」
うん、我ながら、ナイスな言い訳だわ。
「チガウ…」
パ・ランセルが律義に訂正しようとする。
あたしは、慌ててひっぱたいた。
「おだまり…あたっ☆」
また素手で叩いちゃった。
しびれる手を振りながらヘピタスの方を伺うと、
「ううむ、マスターに頼りにされたとあれば、頑張らねばなるまい」
どうやら心配いらなかったみたい。
ヘピタスは満足そうにアゴヒゲをなで回している。
よかった、単純なおじいちゃんで。
「しかしのー、マスター。
 なんで今更、レキューなんじゃ?
 あんさまは、あのグリオンが出せなさるに」
「おっしょうさまが、グリオンだけじゃ称号をくれないのよ」
「ケチじゃのう」
「そうなのよ。
 だから、見返してやろうと思って」
「偉い!
 さすがは、わしのマスターさまじゃ。
 じゃがのう…」
ヘピタスは思案するように首をかしげた。
「あんさまは、水と相性が悪いんじゃよなあ」
はっきり言うわね。
でも、ヘピタスの言い方は意地悪くないので、ちっとも腹が立たない。
あたしは優しいおじいちゃんの言葉にうなずく。
「水ダケ、チガウ。
 天モ、ダメ」
パ・ランセルが横やりを入れた。
抑揚がない声のクセに、いちいち憎たらしいのは、なぜかしら。
あたしはパ・ランセルを無視して、ヘピタスの方を見た。
おじいちゃんは、さらに首をひねり、眉間にシワをよせた。
そして、
「そうじゃ!」
と手を打った。
「のう、マスター。
 あんさまは、水や天と本当に相性が悪いんじゃろうか」
「ワルイ」
パ・ランセルが茶々を入れるが、ヘピタスは火のネイティアルらしい一途さで外野を無視し、あたしの手を取った。
「グリオンを出せるほどの実力者が、そんなハンパなはずはあるまい。
 力が足りないのではなくて、力が多すぎるのが原因なんじゃないだろうか」
「て、言うと?」
「つまり、火と相性が良すぎるんじゃよ」
なるほど!
それなら納得できるわ。
過剰に持っている部分が強調されるのは、当然なのよ。
たとえ、水や天に対する相性が標準だったとしても、それを上回って余りある火への適性があれば、そっちが優先されてしまうのは当たり前のことだわ。
目からウロコ。
いいこと言うわ、ヘピおじさん。
「そこでじゃ。
 火への適性を、もっと伸ばしてみたらどうじゃろうか」
「ズルイ、へぴたす。
 オマエ、火ダカラ、ソウイウ」
パ・ランセルが不満そうに両手の分銅を振り回した。
でも、あたしとヘピおじさんは、そんなものには見向きもしない。
あたしたちには炎の情熱がある。
ネイティアルマスターとして、揺るぎのない称号を得て、おっしょうさまを見返すのよ!
ヘピタスは瞳に炎を燃え立たせて、力強く言った。
「グリオンより、もっとすごい火のネイティアルを出すんじゃよ」
「グリオンより…?」
「ゼノスブリードじゃ」
ヘピタスは、かみしめるように恐怖の名前を口にした。
ゼノスブリード…!
あたしは頭がくらくらした。
大それているわ!
地獄の魔神、炎の最終兵器、幻の最強ネイティアル!
熟練のマスターでも、これを召喚できる者は限られている…
「あ、あたし、見たこともないわ…」
「わしもじゃ。ゼノスブリードを見たことなんか、ない」
ヘピタスの深刻な顔つきには、説得力がある。
このおじいちゃんは、歴戦の老兵士の魂がネイティアルになったものなの。
理屈はどうあれ、勇者が戦慄しながら語るもんだから、いやでも盛り上がっちゃう。
「あんさまなら、出せる。
 炎の魔神を」
熱っぽい言葉。
心に火がつくわ。
そうよ!
あたしなら、できる!
ヘピタスとあたしは手を取り合い、恐れながら、でも不思議な興奮にわくわくしながら、部屋を出た。
「めるれっとサマ、イッタ。
 イタズラ、ダメ」
後ろでパ・ランセルが騒いでいる。
でも、あたしとヘピタスは聞いちゃいなかった。
「オソージ、シナイト、オコラレル…」


第一回・終わり



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