炎の半人前 Shotr Stories
 [ 第二回 ]

あたしとヘピタスは、禁断の部屋に足を踏み入れた。
ネイティアルたちを呼び出すための召喚具が並んだ棚。
おっしょうさまとの修行の時に、使ったことがあるものもあれば、全然見たこともないようなものもある。
あたしは、棚を見回してから、ネイティアル大全を開いた。
「オソージ。
 オソージ、シナイト、オコラレル」
後ろでパ・ランセルがうるさいことを言ってるけど、無視。
あたしとヘピタスは頭をくっつけあってページを繰った。
「あった。ゼノスブリード。
 その召喚具は『魔神の灯籠』」
あたしは、本から顔をあげて、棚を見た。
火のネイティアルを呼び出す道具が並んでいる場所の一番隅に、不気味なランプが置いてある。
頭の後ろが長い奇妙な姿の魔神が、取っ手のところに浮き彫りになっていた。
ほこりをかぶっているせいか、浮き彫りの怖さが余計に引き立つ。
あたしは、おそるおそる『魔神の灯籠』を手に取った。
ヘピタスが
「ほおお…」
と大げさにため息をつく。
あたしとヘピタスは顔を見合わせ、うなずき合い、同時にごくりとのどを鳴らした。
「イタズラ、イケナイ」
緊張が高まったところで、パ・ランセルが水をさす。
「うるさぁい!」
あたしは、ついに頭にきてどなった。
パ・ランセルは無表情な顔のまま、ゆらゆらと左右に揺れた。
両手の分銅を顔の高さにもって行く。
涙は出ないけれど、泣いているポーズに見える。
でも甘やかしてなんかあげないからね。
そう、ネイティアルにとって、マスターは絶対なのよ。
マスターの望みをかなえ、マスターに絶対服従するのがネイティアル。
そこんとこ、ちゃんとわからせないとね。

あたしは魔神の灯籠を持ち直し、おごそかに頭上にかざした。
改めて、気を集中する。
おなかの下の方に、全ての力が集まり、渦巻く。
脊椎を駆け抜ける衝撃。
髪の毛の一本一本から、雷のようにエネルギーが放射される。
炎よ、来れ!
「出でよ、ゼノスブリード!」

…ゴォッ!!

挿し絵1
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火山の爆発かと思うような、すさまじい衝撃音が部屋中に響いた。
空気が揺らぎ、あたしは立っていることが出来なくなった。
ヘピタスに支えられて、どうにか壁によりかかる。
パ・ランセルが木の葉のように天井まで舞い上がって、あたしの足元にぽとりと落ちてきた。
部屋の中央には、灼熱の炎、地獄の業火が燃えさかっている。
その炎の中に、青白い姿の魔神がゆらめいていた。
「これが、ゼノスブリード…」
あたしは言葉を失った。
まさか、ホントに出ちゃうとは思わなかったわ。
高い天井につかえかかった巨大な体。
全体的なフォルムは、筋骨たくましい男の人って感じだけど、人間離れした部分がたくさんある。
ルビーのように燃える赤い目。
ぬらりとしたトカゲのような肌。
頭の後ろが奇妙に長く、ぱっくりと裂けた口には、サメの歯のように何重にも牙が生えている。
長い腕からは長い指が生え、その一本一本に抜き身の剣のような鋭い爪がついていた。
はっきり言って、怖い!
あたしは、ヘピタスにしがみついてふるえた。
「だ、だ、だ、大丈夫じゃぞい。
 ヘピおじさんが、つ、つ、ついとるからの」
カラ元気を出しているけど、全然ダメみたい。
パ・ランセルだけが、相変わらず無表情にゆらゆらしている。
そ、そうだわ。
怖がることなんか、ないのよ。
あたしはマスターじゃないの。
ゼノスブリードだって、あたしのかわいい下僕なのよ。
そうよ、いい子ね…

「わはははははは!」
突然、ゼノスブリードが笑い出した。
そして

どっかーーーん!!
いきなり、炎の弾丸が、あたしの髪の毛をかすめた。
「きゃああああ!」
なにが起きたのか、全然、わかんない!
あたしとヘピタス、パ・ランセルはもつれ合いながら、部屋を飛び出した。

どかーん、どっかあーん!

たて続けにぶっ放される炎の弾丸が、お屋敷の壁と言わず床と言わず、ぶち抜いた。
「ぜのすぶりーどハ、ボーソーシタ」
パ・ランセルが無表情な声を出す。
「のんきにしてる場合じゃないぞい!
 ひとまず、マスターをお守りするんじゃ!」
ヘピタスがあたしの体を抱え上げ、廊下を走り抜けた。
パ・ランセルが緊張感のない足どりで、のたのたと続く。
背後から、ドカンドカンとものすごい轟音が迫ってくる。
「いや〜ん!」
あたしは泣きそうになって叫んだ。
廊下の突き当たりで、また炎の玉があたしたちをかすめた。
ヘピタスはジャンプし、近くにあった階段の手すりを滑って、一気に下の階へ降りた。
「地下室、地下室に逃げるのよ!」
あたしは叫んだ。
あそこなら、頑丈な鍵がついている。
石壁に囲まれているから、炎の攻撃にも耐えられるはずだわ。
ヘピタスは一目散に地下室へ走った。


あたしたちは、どうにか地下室に潜り込み、厳重に鍵をかけた。
あたしを抱えてここまで走ってくれたヘピタスが、ぜえはあ言っている。
パ・ランセルは、涼しい顔で…もともと無表情だからしかたないんだけど…ゆらゆら揺れていた。
あたしは冷たい石の床にぺったり座り込んで、頭を抱えた。
「!?」
信じられない手触りが、指先を刺激する。
なによ、この、ゴワゴワしてるのは。
「か、髪の毛!
 あたしの髪の毛えェ!!」
さっき、ゼノスブリードの攻撃が、頭をかすめたせいだわ!
あたしの大事な黒髪が!
サラサラの絹みたいなストレートヘアが!
毎日、オリーブ油と卵とハチミツで、お手入れしてるのにぃいぃ…!
ほとんど半狂乱のあたし。
ヘピタスがおろおろしている。
「でぃ・あるま」
パ・ランセルが機械的な声を出した。
…あ、そうか…。
ディ・アルマがいたんだ。
あのコなら、回復魔法が使えるんだわ。
あたしは涙をふいて『祈願の達磨』を取り出した。
それをひざに乗せ、両手の人指し指を上に伸ばして、ちょちょいと回す。
ボールに巨大な顔が張りついたみたいな、ヘンな人形が現れた。
手も足もないのに、ポンポン弾んで落ち着きがない。
とんでもなくぶかっこうだけど、このコは大事なネイティアルなの。
「ナーマッハー」
ディ・アルマは唸るように呪文を唱えて、顔全体から光を放射した。
あたしの頬や首筋に、さらりとしなやかな髪の感触がよみがえる。
「ああ、よかった…
 死ぬかと思っちゃった。
 ありがとう、ディ・アルマ」
ディ・アルマはうなずくように一回弾んでみせた。
このコは、ほとんどしゃべらないのよね。
おっしょうさまの話によれば、ディ・アルマの起源は、東方世界のお坊さんなんですって。
サティヤとかいうものを得るために、来る日も来る日も壁に向かって座り続けたら、手も足もなくなっちゃったんだとか。
なんだか、わけのわかんない話よね。

「さて、これからどうしたもんかのう」
ヘピタスが深刻な顔で腕組みした。
そうよね。
髪の毛のことで忘れてたけど、この部屋の外では、ゼノスブリードが暴れているんだわ。
早くアレをとめないと、お屋敷が今よりもっとボロボロになっちゃう。
「水、出ス」
パ・ランセルが短く言った。
簡単に言ってくれるわね。
水のネイティアルが出せないから、こんなことになったんじゃないの。
自慢することじゃないけど、あたしはレキューすら出せないんだから…

どっかーん!

パ・ランセルに八つ当たりしかけたところで、轟音が響いた。
石造りの床や壁がうなりだす。
頑丈な鉄の扉が、赤く燃え始めた。
「やつじゃ!
 扉を溶かそうとしておるぞい!」
「ど、ど、どうしよう…」
「水、出ス」
「できないわよっ!」
あたしたちがパニックを起こしているうちに、鉄の扉がみるみる溶けた。
赤熱した穴から、ゼノスブリードの顔がのぞく。
ついに、扉が吹き飛んだ。
「たすけてぇ〜っ!!」
あたしは、ヘピタスとパ・ランセルにしがみついた。
「わっはっはっはっは…」
ゼノスブリードが、地獄の底から響くような笑い声を上げた。
炎をまとった巨大な剣が現れる。
剣は、すごいいきおいで回転しながら、あたしたちの方に飛んできた。
…神様!
あたしは、覚悟を決めて目をつむった。

その瞬間。
まぶたの裏に、青い光が映った。

ガキーン!

剣が、なにかにぶつかった音がする。
「れきゅーダ」
パ・ランセルの間抜けな声がする。
目を開けると、まんまるなガラスの鳥が、ゼノスブリードの剣をくわえていた。
炎の剣が、蒸気となって消え去る。
ガラスの鳥はおもちゃのような羽を震わせて、威嚇のポーズを取った。
「やった!
 レキューが出せたわ!」
あたしは状況も忘れて飛び上がった。
猛然と、ゼノスブリードに向かって行くレキュー。
なんて頼もしい姿なの。
「やっちゃえ〜!」
あたしは両手を振り回して応援した。
が。
「わっはっはっはっは…」
ゼノスブリードは、余裕たっぷりに大笑いした。
鋭い爪が、レキューをはじき飛ばす。
いくらレキューが水のネイティアルだからって、ゼノスブリードとでは格が違いすぎた。
元素の優劣よりも体重の優劣の方が優先しちゃったのだ。
「危ない!」
レキューが、あたし目がけて一直線にフッ飛ばされてくる。
ヘピタスがあたしを抱え、大きくジャンプした。
ゼノスブリードの横をすり抜けて、地下室から滑り出る。
「アア、割レタ」
ガラスの鳥は、石壁にぶつかって、無残に砕け散った。
ゼノスブリードは、再びあたしたちの方を向く。
「逃げるんじゃ!」
ヘピタスが、また、あたしを抱えたまま走り出した。
ドカン、ドカンと恐怖の砲撃が追ってくる。
パ・ランセルとディ・アルマの間に炎の弾が落ち、ふたつの地のネイティアルは爆風で吹き飛ばされた。
ディ・アルマが炎に包まれ、真っ白な灰となって消えて行く。
パ・ランセルは、もう、どうなっちゃったかわかんない!
あたしの味方はヘピタスひとりになってしまった。
「どうしたらいいのよォ!」
「レキューを出すんじゃ。
 いっぱい出せば、なんとかなるぞい」
ヘピタスに励まされて、意識を集中する。
おなかの下の方に気をためて…あぁーん、もうっ!
この状態で集中なんか出来ないわよぅ!
さっきレキューが出たのは、まぐれだったのよ!

ヘピタスはパニック状態のあたしを抱えて、お屋敷の中を迷走した。
あっちこっちの床や壁が、焼け焦げたり穴が開いたりして、ひどいありさまになっている。
ドカン、ドカン!
ゼノスブリードの砲火が、さらに傷跡を広げた。
ヘピタスは足場のマシな所を選んで、軽業師のように跳ね回る。
だけど、それにも限界があった。

「きゃーーーっ!」 あたしは、また悲鳴をあげた。
ゼノスブリードの放った炎の弾が、ヘピタスの足場を吹き飛ばした。
足場を失ったら…後はもう、落ちるしかない!
魔法学に照らし合わせるまでもなく、宙に浮いた物体は、必ず地面の方に向かって落下するものなのよ!

…ゴン。

あたしとヘピタスは、どこかの部屋の中に落ちた。
あたしたちにとって、さっきまでは床だった天井が、ぽっかりと口を開けている。
落ちたのが幸いして、ゼノスブリードから離れることができたみたい。
優しいヘピおじさんがかばってくれたので、あたしはケガもしないですんだ。
「遅カッタナ」
ほっと一安心したところで、抑揚のない声がした。
「パ・ランセル!
 あんた、無事だったの?」
あたしはびっくりして飛び上がった。
ヘピタスも、丸い目をさらに丸くしている。
「チョット、コゲタ」
パ・ランセルは、すっとぼけた調子で大きな頭をさすった。
確かに、コマのような形の縁がケシズミのように黒くなっている。
でも、そんなことには全くかまっていない様子で、
「コレ、読ム」
と、手にした本を差し出した。
ネイティアル大全だ。
「まあ…」
あたしは感心した。
パ・ランセルったら、やるじゃないの。
あの混乱の中で、よくこれを拾ってきたものだわ。
「サクセン」
パ・ランセルは、お手柄を誇るでもなく、いつもの調子でぽつりと言った。
なんだか、頼もしく見えてきちゃう。
あたしとヘピタスとパ・ランセルは頭をくっつけ合って、ネイティアル大全を開いた。
「ええと…水のネイティアル。
 ネプトジュノー…」
開いたページには、大亀に乗った鎧騎士の姿が描いてあった。
「鋭い三叉矛トリスーラで敵を突き刺し、巨大な水の弾を炸裂させる」
「…恐ろしいのう」
火のネイティアルであるヘピタスが身震いした。
確かに、こんなのが出せたら、ゼノスブリードなんてちょちょいのちょいだわ。
けど、出せるわけがないのよね。
あたしは夢を見るのをやめて、ページを繰った。
「おおお、これは!」
適当にページをめくっていると、ヘピタスが声を上げた。
「見なされ!」
ヘピタスはオーンヴィーヴルのページを開いた。
巨大な首狩り鎌を担いだ炎の狂戦士が描かれている。
超重量級の火のネイティアルね。
もちろん、何度も出したことがあるわよ。
でも、これがどうしたっていうの?
「ここ、ここじゃ。ここを読むんじゃ」
ヘピタスが大興奮でページを指さす。
あたしはヘピタスの太い指先で踊る文字を追った。
「んーと…オーンヴィーヴルは、攻撃力・防御力共に火のネイティアル中最強…なんですって?」
あたしは目を疑った。
最強は、ゼノスブリードじゃなかったの?
「但シ、魔法ハ使エナイ」
パ・ランセルがその先の文章を読んだ。
「そっか…」
あたしは納得した。
ゼノスブリードの攻撃は、炎の投げ剣と炎の弾と二種類ある。
剣が物理攻撃で、弾が魔法なのよね。
どちらもすさまじい威力なのは、今、身にしみて知らされたことだけど。
物理攻撃に限って言えば、オーンヴィーヴルの方がもっとすごいんだわ。
それに、防御力が上回っているとも言う。
ってことは…。
「殴り合いをしたら、オーンヴィーヴルの方が強いんじゃ!」
ヘピタスがうれしそうに笑った。
「火同士だから、ネプトジュノーがぶつかる程、劇的な効果はないけど…。
 持久戦に持ち込めばオーンヴィーヴルが勝つっていうことね!」
あたしとヘピタスとパ・ランセルは、手をつないで飛び跳ねた。
勝てるわ!
「ただ、問題なのは、オーンヴィーヴルの召喚具がここにないってことね。
 召喚具の部屋まで取りに行かなくちゃならない」
「わしとパ・ランセルで、ヤツをひきつけてみせよう」
ヘピタスがどんと胸を叩いた。
「オトリ、オトリ」
パ・ランセルもゆらゆら揺れて同意する。
あたしたちはスクラムを組んだ。
三つの頭をくっつけて、お互いのファイトを確認する。
「いくわよ!
 ゼノスブリードなんか、やっつけちゃうんだから!」
「オー!」

挿し絵2
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第二回・終わり



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