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■慶

【タイトル】 はじめて
【作者】

エステル・ブライトは奇妙な女の子だ。
とヨシュアは思う。
いきなり家に来たどこの馬の骨とも分からない子供に、
よくあんなに親切にできるものだ。
いや、それが普通のことかもしれないが、そう感じる
のには、ヨシュアの過去は重すぎるものだった。

「ヨシュアヨシュア!今日は釣りに行こう!!」

今も、エステルはヨシュアを遊びに連れ出そうとする。
ヨシュアの腕をぐいぐい引っ張りながら彼女の二つに
結わえられた長い髪が揺れている。
自分なんかよりも誰か村の子供を誘っていったほうが
楽しいだろうに。
ひっそりと溜息をつきながらヨシュアはエステルに引
っ張られるままついていった。

「ねぇねぇヨシュア!今日こそは湖の主を釣り上げて
やるんだから、みててね!」

エステルは釣り糸をたらしながら元気にそう宣言する。
ヨシュアは近くの木陰に座りながら考えた。
彼女はいつも笑顔だ。
だが、自分はその笑顔に一度も応えたことはない。
むしろ、彼女の笑顔を見るたび、自分が場違いな気が
してならなかった。

「わっかかった!」

どうやら宣言どおり、大物がかかったらしい。
思考を中断し、エステルのほうを向くと。

「えいっ!こぉんのー!!」

威勢の良い掛け声とともに力任せに竿をひいている。
と同時にぷつっと糸が切れる音がした。

「え?きゃっ」

いきなり重みのなくなった竿に反応しきれず、
エステルは足を滑らせ、
水飛沫をあげながら湖におちてしまう。

「エステル!!」

とっさに名前を呼んで駆け寄る。

「・・・はは、やっちゃった」

エステルは照れ笑いを浮かべながら
頭をかいている。
全身びしょぬれだ。
夏だとはいえ、夕方になれば、
冷えてくるだろう。

「・・・大丈夫?」

そっと手を差し伸べてみる。
エステルはきょとんとして、
ヨシュアの顔と手を交互に見ている。

「・・・どうしたの?」

どこか怪我でもしたのだろうか、
と不安になりたずねる。

「ううんなんでもない」

エステルはヨシュアに手を重ねる。

「帰ろっか」

ヨシュアに立たせてもらいながら言う。
何がそんなに楽しいのか、
満面の笑みを浮かべている。

「ねぇヨシュア、
今日はじめて私の名前呼んでくれたね」


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