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■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(2)
【作者】 J・S

 ピタピタと頬を叩かれる感触に気付いた。
 目を開けることすら億劫なのに、その感触は無遠慮に
意識に割り込んでくる。
 あまりの鬱陶しさに気力だけで腕を持ち上げて、
頬を叩くものを払いのけた。
 だが、このまま死のうと意識を手放そうとすると、
またしてもピタピタと頬を叩かれる。
 払いのける。
 叩かれる。
 払いのける。
 叩かれる。
 繰り返し。
 ふと、払いのけている物の感触が冷たくしっとりした
ものであることに気付いた。
(…?まさか…?)
 思考が答えに達するよりも前に、身体は反射的に
起き上がっていた。
 全身の筋肉が抗議の悲鳴を上げる。しかし、
気にしている余裕はなかった。
 振り向くと、そこにはブヨブヨとした黄色い
ゼリー状の魔獣が鎮座していた。
 どうやら頭部に生えた2本の触角(?)で自分の頬を
叩いていたらしい。
 魔獣は叩いていた対象がいきなり起き上がったことに
驚いたらしく、少し後退っていた。
「な…なんだ、お前…?」
 間抜けな質問だとは分かっていたが、聞かずには
いられなかった。
 もちろん答えは返ってこなかったのだが。
 その時、ようやく地面についた手に何かが触れている
ことに気付いた。
 チーズの欠片、だった。
 慌てて黄色い魔獣の方を見やると、何故かそいつは
照れたようにそっぽを向いた。

 奇妙な旅が始まってしまった。
黄色いブヨブヨした魔獣は何故か襲ってくるような
ことはなかった。
襲ってくるどころか、食料を調達したり、他の魔獣と
交渉(多分)したり、道案内したりと、何故か世話を
焼いてくれる。
日が昇り始めると、最初に会った時と同じように頬を
ピタピタ叩いてくるのには辟易したが。
一人と一匹。実に奇妙な組み合わせだった。
第一、魔獣がこんな事をするなんてデータを自分は
全く知らない。
最初は罠と警戒していたが、やがて自分のことを
少しずつ話している自分に気付き苦笑。そして諦めた。
一度は死んだも同じもの。地獄でも煉獄でも何でも
付き合ってやろう、と。
つまりは開き直ってしまったのだ。
ただ、この魔獣が自分をどこに連れて行こうと
しているのかは全く分からなかった。
こちらの話は判るようだが、相手はしゃべらない為
その意思を汲み取ることが出来なかったからだ。
だが、この妙な旅は中々に面白いものだったように、
今なら思う。

〈続く〉

■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(3)
【作者】 J・S

 黄色い魔獣が案内しようとしている場所がクロスベル
だと判明したのは、出会ってから4日位してからだ。
 最初は目を疑った。
 街道ではなく、山の中の獣道を延々と移動していた
ので、突然目の前に都市が現れて驚いた。
 しかもそれはデータでしか見たことはないが、
最新の導力情報網が整備されていることで有名なあの
クロスべル市……自分の目的地でもあったからだ。
 すっかり仲良くなった魔獣に目をやると、
ややはにかんだようにそっぽを向いた。
 そういえば、道中この魔獣に対して情報都市
クロスベルについて話していたことに思い至った。
どうやらこの魔獣は相当頭の良いヤツであったらしい。
 久々の人類の作った建造物に感動し、思わず魔獣に
抱きついた。
 魔獣は驚いて一瞬逃げようともがいたが、やがて
労うかのようにピタピタと触角(?)で背中を叩いて
くれた。

 夜を待ち、人気の無い住宅街に降り立つ。
久々の人間の気配に胸が躍るのがわかる。
「ここが…クロスベル…」
周囲を見回していると、腕をピタピタと叩かれた。
黄色い魔獣を見ると、何やらソワソワしている。
「…あ、そうか。お前人間じゃないから、見つかったら
ヤバイもんな」
すっかり種族を越えた友人と認識し始めていたので、
相手が人間を襲う魔獣であることを失念していた。
黄色い魔獣は触角(?)で腕を引っ張った。
暗がり…ではなく、街のどこかへ誘うように。
道案内はまだ終っていないらしかった。

「な、何だよ、ここは…?」
狭い配管のような場所を這い進むと広い空間に出た。
流れ落ちる大量の水の音。
明るい導力灯の光。
クロスベル市地下、ジオフロント。
クロスベル市内のライフラインを詰め込んだ空間を
そう呼ぶということにようやく思い至る。
そして、こここそが最初に自分の逃避先として選んだ
場所だということも思い出した。
ここならば保守用の導力端末も存在する。端末さえ
あればあとはいかようにでもできる。…そう、一縷の
望みをかけて飛び出したのが随分と前のことのように
思える。
隣に佇む、埃まみれの黄色い魔獣の頭をペチペチと
叩いてやる。
「あ、ありがとう。お前のおかげでここまで来ることが
出来たよ」
照れくさいが礼を言う。
黄色い魔獣は、気にするなとでも言いたげな感じで
ゼリー状の身体をプルプルさせていた。
徐々に甦る記憶の中の地図を頼りに、端末室を
探してみようか。
そう思って足を踏み出した時だった。

〈続く〉


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