≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫

■かずぃ

【タイトル】 苦肉の再会(3)
【作者】 報告者:ティエリ

 凄まじい破壊音と破裂音共に色んな物体の破片が
僕の上に降り注いだ。
 最後におまけとばかりに小さな爆発音が響き、
スプリンクラーが発動する。
「はぁ、はぁ…大丈夫かい、ティエリ君」
「は、はぁ……」
 呆然とする僕にレイ先輩が手を差し伸べてきた。
 僕はその手を借りて立ち上がり、身体をはたく。
 焦点の定まらない目に映る、水と共に流れ落ちる血。
緑の塊。金属片…。金属片?
 僕ははっとして例の箱のあった場所を見、
それから先輩を振り返った。
「せ、先輩…!!ティー…」
 先輩は片手を挙げ、僕の声をさえぎる。
「良いんだ…どうせいずれ壊すつもりだったからね…」
 寂しそうに笑う先輩。
 その視線の先には押しつぶされた赤い生き物と、
衝撃で破壊された美少女導力人形の残骸があった。
「やっと思い出したよ。あの生き物の元になった
ニガトマトは確かに僕が開発したものだね。
何でクロスベルなんかで魔獣化したのかは
よく分からないけど…。
その調査依頼用のサンプルだったみたいだね、アレは」
 先輩は導力人形の残骸を払い落とし、つぶれた
ニガトマトの魔獣…だったものを検分する。
「…おや?やっぱりセピスを持っているようだね。
案外これが魔獣化のメカニズムかも——」
「先ぱ——」
「おい、何事だね!?」
 突然実験室のドアが開き、工房長が飛び込んできた。
「な、何だこれは!?君達、説明してくれ!!
い、いや、怪我の手当てが先か?」
「大丈夫ですよ、工房長。魔獣調査のサンプルが
暴れだしたので叩き潰しただけです。
それに怪我はたいしたことありません」
「そ、そうか…?」
 先輩はにこやかに微笑むと、工房長を部屋から
それとなく押し出す。
「後始末はきちんとやりますし、始末書も
ティエリ君がきちんと書いてくれますから」
「だ、だが…」
 しきりと室内が気になる様子の工房長を締め出すと、
先輩はそのまま扉に鍵を掛けた。
「…これでよし、と」
「よ、良く無いですよ!!
先輩のティータン導力人形(試作品)が…!!」
「別に良いじゃないか。また作れば良い話だろう?
それより…なれないことをして僕は今、肩が痛い…」
 良く見ると先輩の右肩がブランと垂れ下がっている。
どうやら導力人形を投げる際に外れてしまったらしい。
というか、普段鍛えていない人間が重量のある
導力人形を片腕で投げたのだ。痛めない方がおかしい。
「ああ、もう本当に先輩って人は…!!」
 僕は髪をくしゃくしゃにかき回しながら、
妙に憎めない先輩についつい吹きだしてしまった。
 気がつけば先輩も笑っている。水が滴る様は、
悔しいけど格好よかった。
 僕らはそれから暫く笑い続けた。
 途中、息を吹き返しかけたニガトマトの魔獣に
先輩が拳でトドメを刺していたけど。

 …ところで。
調査サンプルを完膚なきまでに叩き潰して
良かったんだろうか?
そして何故僕が今、この始末書を
書かされているんだろうか?
やっぱり何かがおかしいと思わずにはいられない…。

<了>

■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(1)
【作者】 J・S

 逃げた理由は特になかった。
 施設に不満があったわけじゃない。
 美味い飯、快適な寝床。
 外に出たいとさえ言わなければ欲しいものはある程度
手に入った。
 自分でも恵まれた環境だったと思わなくはない。
 だが、それでもそこに居たくはなかった。
 お前は天才だと褒められるのは別に嬉しいことでも
なんでもなかったし、第一全てがつまらなかったのだ。
 無菌室に閉じ込められたような窮屈さ。
 常に無機質な目に観察されている気持ち悪さ。
 進歩はしているが、感動も何もなく、
ただ淡々と進むだけの日常。
 好奇心を持て余した思春期の人間にとって、
そこはただただ退屈な場所でしかなく。
 刺激が欲しくて、施設のセキュリティを破壊して
逃亡を図った。
 それが、始まりの10日前の話。

 自分でも今までよく生き残れたと思った。
手には血塗れた石と木の棒、そしてエネルギー切れを
起こしたエニグマ。
目の前には頭部を破壊されながらも痙攣をやめない
魔獣が一体転がっている。
「はぁっ…はぁっ……くっそ…ぉっ!!」
山越えの疲労と空腹で悲鳴を上げる身体に鞭打って、
石を振りかぶる。よろめくが気合で投擲。
石は上手いこと魔獣の頭部にクリーンヒットし、
哀れな命を絶つことに成功した。
ようやく倒せた安堵で膝から力が抜け、
その場に座り込む。背後の大木に頭をぶつけたが、
感覚が麻痺しているのかそれほど痛くは無かった。
「はぁっ…はぁっ……ちぇ…何だよ、こいつ…。
セピスしか持ってないのかよ……。
空腹の足しにもならないじゃん……」
空腹を満たすための狩りのつもりだったが、
当ては完全に外れてしまった。
この魔獣の成獣は食料になると知っていたが、どうやら
今倒した物は幼獣だったらしい。
幼獣は大抵毒などの自衛手段を持っているので食用に
適さないのだ。
疲労と空腹に徒労感が加わり、自然と空を仰いだ。
「ついてねぇ…」
大陸中で信仰されている空の女神をふと思い出す。
そんなものが居るのなら、今すぐ自分を助けて
欲しいもんだ。
面倒な時にだけあてにされるのは女神にとっては
迷惑だろうが知ったことではない。
(もう、ダメだな、こりゃ…)
こんなことなら施設に居れば良かった…といまさら
後悔しながら、遠のく意識から手を離す。
限界だった。
好奇心はやはり猫を殺すのだ。

〈続く〉


≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫