≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫

■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(6)
【作者】 J・S

 黄色い魔獣が立ち止まった先には無愛想な扉が一枚。
「…ここ、かよ?」
 黄色い魔獣は触角(?)で扉を開けるように促す。
 扉にはセキュリティー用のロックがかかっていた。
が、子供だましの単純なもので、簡単に外れた。
ジオフロント自体が閉鎖された区域なので仕方が
無いのかもしれない。
 そっと扉を開ける。
 ヴーンと機械の唸る低い音が耳朶に響く。
 懐かしい、音。
 扉から差し込んだ光が、内部で稼動する導力端末を
照らし出した。
「……!!!」
 痛みも全て忘れ、手は無意識に導力灯のスイッチを
探し出す。
 バチン。
 やけに大きな音が響き、室内が明るくなる。
 部屋には大型の導力端末、それも最新鋭とまでは
いかないが相当に新しいものが据えられていた。
「これ…は……!!」
 急いで駆け寄り、保護用シートを外して
ディスプレイをオン。
 キーボードにかかっているカバーを強引に剥ぎ取り、
指を走らせる。
 間違いない。これこそ求めていたものだ!!
 そこでようやくここまで連れてきてくれた黄色い
魔獣のことを思い出す。
「わ、悪い、調子に乗っちゃって。ありが——」
 降り返るが誰もいない。
 扉まで引き返し、部屋の外も確認する。
 しかし、黄色い魔獣の姿はどこにもなかった。
「何だよ……」
 端末前まで戻り、やはりカバーのかかったままである
回転椅子に沈み込んだ。
(せっかく素直に礼でも言おうかと思っていたのに…)
 回転椅子を軋ませながら扉を見つめる。
 ふと、扉の陰になるにあたりに何かが落ちている事に
気が付いた。
 近づいて確かめる。
 小さなチーズ、だった。

 …ここまでが自分、ヨナ・セイクリッドが
クロスベルに至る話である。
格好つけ過ぎだって?うるさいなぁ。
全部フィクション?そう思いたいやつはそう思えば
いいさ。別に俺はどっちでもかまわないし。
え?あの黄色い魔獣はどうなったって?
……さあ?どっかでのたれ死んでるんじゃねぇの?
もうこの話は終わり!用がないならとっとと帰れ!!
俺は仕事とピザを食べることで忙しいの!!
……あん?最後に一つ質問、だ?
何だよ?
チーズは好きか?
……もう、帰れってば!!どうでもいいだろ、
そんなことは!!
ったく、面倒くせぇっ……。

 ……帰ったな?
おい、出て来いよ。
……。
だから出て来いってば!!
一緒にピザでも食おうぜ?

〈了〉

■かずぃ

【タイトル】 ビクセン教区長説法集
【作者】 シスター・キエラ

 ビクセン教区長は七曜教会ツァイス礼拝堂を任されて
いる立派な教区長です。素晴らしくお心の広い方で、
ツァイス市民に大変よく慕われておられます。
 今回は私がビクセン教区長の元で女神にお使えして
いた際の出来事を、僭越ながら語らせていただこうと
思います。
 なお、個人特定を避けるため、教区長及び教会関係者
以外の方は全て仮名で表記しておりますことを、予め
お断りします。

【M氏の胃薬】
「女神よ…R博士達をどうにかしてください…!
このままでは私の胃が…うっ…」
私が慌てて薬と水差しを取って戻ってきますと、
教区長が穏やかな口調でお話されていました。
「大丈夫です。彼らは少々元気が良すぎるのです」
「元気なんてもんじゃありませんよ!いつも…」
「その考え方がいけません。違う視点で見るのです」
「違う…視点…?」
「R博士は素晴らしい頭脳の持ち主ですね?」
「天才であると同時に天災ですよ…」
「まあまあ。
彼らの発明は我々の生活を激変させました。
変革とは時に痛みを伴うものでもあります。
そういう意味ではMさんの胃の痛みも当然と言える
でしょう」
「この痛みは当然のもの…」
「ええ。ですから受け入れてしまいましょう。
…ほら、少しは楽になったでしょう?」
「た、確かに…」
「さあ、シスターが薬を用意してますよ」

【旅人の酔い覚まし】
「ああ、なんてこの街は素晴らしいんだろう!!」
酔いすぎた旅の青年が教会に運ばれてきた時の
ことです。
私が酔い覚ましと水差しを取って戻ってきますと、
教区長が穏やかな口調でお話されていました。
「酒に飲まれているのは感心しませんね。
酒は薬であり、そして飲むものですよ」
「君は美しいものを前にして酔わずにいられるかい?」
「酒は時に判断力を奪います。その時貴方が見るものは
本当に美しいといえるのでしょうか?」
「…僕が美しいと思えばそれでいいんじゃないか?」
「確かに。でも真の美を語りたいのならまずは頭を
冷やすことです。
さあ、シスターが薬を用意してますよ」

【猫の土産物】
「にゃ〜〜ご」
「あら、どうしたのですか、A…!!」
Aという、工房の飼い猫が咥えてきたものを見て、
私は思わず悲鳴を上げてしまいました。
「どうしましたシスター・キエラ」
「いえ、少々驚きまして…」
「おや?A、今日は大物でしたね。よしよし」
教区長はAを撫でてやり、Aもまた喉を鳴らします。
満足したAが帰ると、教区長は私に向き直りました。
「彼らは本能的に行動する生き物です。
しかし、同時に我々と同じく、感情も持っています。
貶されると悲しいし、褒められると嬉しい。
貴方もそうでしょう?」
「ええ」
「Aはただ褒めてもらいたかったのですよ。
彼らも我々と同じ空の女神の創造物であるということを
忘れてはいけません」
「そうですね」
「今後Aが獲物を自慢しに来たら、なるべく恐れず
褒めてあげてください」
「はい。覚えておきますわ」
私は教区長のあまりにも広すぎる心の広さも心に
留めたのでした。


≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫