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■こちのひ

【タイトル】 おとなげない
【作者】 こちのひ

 大人も子供も関係ないほどに、ここの人達はみんな
本当に大人気ない。

 日の傾いた時間に古びた雑居ビルに帰ってきたロイド
は、入って奥の端末に集まっていた私を含む仲間達を
見て目を丸くした。

「みんな集まって何してるんだ?」

 問いかけに振り返ったエリィが答えようとした所を、
ランディが手を振って制止する。
にやりと笑って、あいつに出してやろうぜ、と視線で
示してくる。大人のくせに大人気ない。
それに気付いたエリィも、上品に微笑んで、そうね、
なんて呟いている。大人しそうな顔をして大人気ない。
斯く言う私も、そんな便乗して彼をからかってやろう
などと考えていて、大人ではないが本当に大人気ない。
三人一様に黙って笑ってていると、彼は不審そうに
こちらに近付いて、私達が見ていた端末を覗き込んだ。

「なんだこれ、暗号か?」

 導力端末に表示されていたのは文字と数字が不規則に
並んだもので、暗号とも取れる。
ちょっとしたクイズだよ、とランディが説明を始める
傍ら、私とエリィは互いに顔を見合わせて笑う。
実はこの暗号は、多分ロイドには解けない。
つまりはアンフェアで、それを知っていてあえて
出題するのだから、私達は本当に大人気ない。
いつも真っ先に謎を解いてしまう彼だから、たまには
難しい問題で鼻を明かしてやろう、なんて。
本当に、大人気ない。

 結果、彼は完全に日が落ちきって、夕飯の支度を始め
るべき時刻まで暗号と格闘し、最後には小さく唸って
テーブルに突っ伏した。

「うーん、手がかりがないのがな…。みんなはもう答え
を知ってるんだろ?」
「まあな。どうだ、降参か?」

 にやにや楽しそうに笑って、ランディがロイドの頭を
小突く。指先から逃げるように首を逸らしつつ、彼は
首を振った。

「まだいいかな。夕飯が終わったら部屋でじっくり
考えてみるよ」
「いえ、無駄だと思います」

 私がさらっと否定すると、栗色の目がきょとんと
瞬いた。

「それはネット上の略語とか、そういう類の物です
から、精通していない人には分からないかと」
「…え?」
「つまりロイドさんには解けないということです」

 間の抜けた顔になった彼を横目に、エリィがごめん
なさいね、と口元を押さえながら微笑み、ランディが
悪びれない顔で実に爽やかに笑った。

「ははっ、残念だったなロイド。もし奇跡的に問題が
解けたら課長が飯奢ってくれるって話だったのに」
「…課長までグルだったのか」
「ええ。でも言い出したのはランディなのよ?」
「へえ」
「ちょ、お嬢、それは…」

 ランディの分のカレーは激辛でいいかな、と
顔だけはにこやかにロイドが台所に消えていく。
慌ててランディが後を追い、部屋に戻ったエリィと
入れ替わりに昼寝をしていたキーアが降りてきた。

「ロイドたちどうかしたの?」
「いえ、大したことはないです」

 みんな大人気ないですね、と呟けば、そうだねー、と
無邪気な笑顔が返ってきたので、ついおかしくなった
私は小さく笑ってしまった。

■こちのひ

【タイトル】 あのひとが忘れられません
【作者】 こちのひ

 『 女神の様な笑顔のあなたへ
  あなたをひと目見たときから運命を感じました。
  いままでで一番の衝撃でした…。
  なんでこれまであなたに出会えなかったのかと
  さざめくこの心を抑えきれず、ついにはこ
  んな手紙を書いてしまいました…。ご迷惑でしょう
  が、受け取って頂けるとうれしいです。私は
  すき通るあなたの瞳の美しさが忘れられません。
  きらめくような笑顔は、私にとっては女神そのもの
  です。
  すみません、急にこんなことを…。
  よろしければ、お返事をお待ちしています。
                   アントン 』

「この間出会ったあの人への愛を綴った手紙なんだ
けど、これでどうかな…!?」

 朝食の席で、きりっと胸を張って、きらきらした
目で聞いてくるアントンに、リックスは手紙を上から
下へ読んでいき、東方料理の粥をひと口啜ってから
答えた。

「まあ、いいんじゃないか?」

 僕が女なら破り捨てるけど、と。
聞こえない程度の声で付け加えながら。

 こうして彼らの一日は始まるのだった。


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