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■ヒキジヨシアキ

【タイトル】 ある日の支援課
【作者】 ヒキジヨシアキ

「明日はバレンタインだから、せっかくだしみんなで
チョコをあげっこしようぜ」
 2月13日の朝、ランディの何気ない一言が発せら
れたときには、まさかこんなことになるとは思いもし
なかった。

「ありがとうございました」
店を出る俺に向かって、チョコ売り場の店員が呼び
かける。
俺はお菓子系は得意なジャンルではないので、普通
に百貨店に行って、これまた普通に市販のチョコを買
った。
同性のランディも作るのは「勘弁しろって」と言う
だろうから、どこからか調達してくるはずだ。
課長も同様だろう。
また、うちにいる3人の女性陣のうち、エリィに関
しては問題ないだろう。彼女はお菓子作りが好きらし
いから、きっと美味いチョコが貰えるはずだ。
ティオも若干不安は残るが、食べられないものはさ
すがに渡してこないだろう。
問題はキーアだ。
いろんな場面でキーアには料理の才能があるんじゃ
ないかと思わされたが、果たして今回も発揮されるだ
ろうか。
変なものが入ってる、なんてことはないだろうか。
「なんて、気にしすぎかな」
そんなことをいろいろと考えながら支援課に向けて
歩き出した。

「よし、そんじゃお待ちかねのチョコ交換といきます
か」
そして今日2月14日。夕食を食べ終わって
ランディの一言。この時までは平和だった。
「それじゃまずは俺からだな」
課長が一番目に名乗り出る。
「俺のは普通に百貨店の売り場にあったやつだ。
そこまで高いやつじゃないから遠慮せず食えよ」
出されたのは見覚えがありすぎる包み紙。
「えっ、課長のもですか?」
「なんだロイド。お前も同じものを買ったのか?」
「え、ええ」
「なんだよロイド。同じチョコがあったら面白くない
じゃんか」
「そうよロイド。色んなチョコがあった方が楽しいで
しょ」
「ふぅ。ロイドさん。おいしいのはいいですけど、も
う少し空気を読んでください」
「そうだよロイド。空気を読んでください」
「うっ」
なんでだ。たまたま課長と同じチョコだっただけで
こんなにも言われ様は。
「ふっ、ロイド。俺が一番手に出したのはお前らのハ
ードルを上げるためだ。お前はまだまだ甘いな」
「いえ、チョコはビター味です」
「おっ。今のはロイドの勝ちだな」
「…………」
とっさに出た返しにしてはかなり上手かった
らしい。課長はかなり悔しそうだ。
「そんじゃ次は俺だな」
そんな課長を尻目に、どうやら3番手はランディの
ようだ。
「女性陣のは後のお楽しみってな」
なるほど、ランディはちゃんと気配りができるみた
いだ。これが空気を読むってことなのだろうか。
「俺のはカジノの景品だったから苦労したぜ」
出されたのは俺と課長のものより明らかに高級そう
なパッケージ。
「えっ、これってもしかして」
「ん?お嬢。このチョコ知ってんのか?」
「ええ、たぶんだけど、確かミシュラムで売られてい
る期間限定のチョコのはずよ。値段は1万ミラはした
んじゃないかしら」
「えええっっーーー」「なにぃぃーーー」「ほう、
これがあの…」
男性陣の声が重なる。
「なるほど、これが1万ミラのチョコですか。さっき
のとは雲泥の差ですね。おいしいです」
「あっ!ティオすけずるいぞ。俺が用意したんだから
俺にも食べさせろ」
「どうしてですか?これはチョコのあげっこなんです
から、用意した人は普通は食べないのでは?」
「くっ、そうかもしんねぇけど。1個くらい1万ミラ
の味を堪能させてくれたって——」
「ありがとうランディ。めったに食べれるもの
じゃないからよく味わうよ」
「ありがとうランディ。すごく美味しいわ」
「ランディありがとう」
「ぐっ」
とどめにキーアの満開の笑顔。これを見せられたら
何も言い返せない。
「くそっ。だからあんなにメダルが必要だったのか」
ランディが悔しそうにつぶやく姿が悲しすぎる。
「さて、課長、俺、ランディときたから、次は女性陣
の番だな」
「ええ、そうね……」
「正直1万ミラのチョコなんて出されたら私のなんか
霞んでしまいます……」
「うん……」
どうやら3人ともあんなチョコの後に出すのは気が
引けるらしい。
「大丈夫だって。大事なのは値段なんかじゃなくてど
れだけ愛情がこめられているか、だろ。俺達のはどれ
も店の売り物だったけど、3人とも手作りみたい
だし、それだけでもう十分じゃないか」
「「「「「………」」」」」
「うん?何?俺何か変なこと言った?」
「いや、別に変ではないけど……」
「ええ、変ではないですが……」
「ああ、間違ってはいないんだけどな……」
「うん……」
なんだ?みんなの反応がやけに薄い。これはまたし
てもやってしまったのか?
「おいランディ。ロイドはいつもこんな台詞を言うの
か?」
「そうなんスよ。おかげで聞いてるこっちが恥ずかし
くなるんス」
「やれやれ。アイツはうちで一番の要注意人物だな。
これからその手のトラブルが来なければいいんだが」
「まったくっス」
課長とランディは何やら隅で話し込んでいる。よく
聞き取れないが別に大したことじゃないだろう。
「そ、それじゃ次はわたしの番ね」
すると、女性陣からまずはエリィがチョコを出そう
とする。
心なしか顔が少し赤く見えるのは気のせいだろう。
しかし、
「あ、ずるいですエリィさん。エリィさんはお菓子と
か得意なんですから最後でも大丈夫ですよ」
ドンと先にチョコを出したのはティオ。
「さぁ、みなさん。私のチョコを食べてみてくださ
い」
「うっ、ティオちゃん。ずるいわ。わたしだってあん
まり自信ないのに」
「いいえ、そんなことないです。それに早い者勝ちと
いう言葉もありますし」
「そんなぁ……」
エリィとティオは何やらもめていたが、どうやらテ
ィオが先に出すらしい。
「そんじゃティオすけのチョコからだな。どれ、いた
だきまーす」
ランディが先にチョコを口に入れる。
「おっ、美味いじゃん。ティオすけやるなー」
ランディからは高評価。課長も食べたが同じく美味
いと言う。
「そんじゃ俺も」
手に取ったチョコを口に頬張る。
途端に逆噴射。
「ぶはっっ。すっぱっーー」
「きゃあっ。ロイド。汚いじゃない」
「おいおいロイド。女性の手作りの料理を噴射なんて
なってねーな」
エリィ、ランディに行儀の悪さを注意される。
「そ、そんなこと言ったって——」
「ああ、それだったんですね」
すると、当のチョコ作成者であるティオがツァイト
の体をハンカチで拭きながら喋りだす。
どうやら噴射してしまったものがツァイトにかかっ
てしまったらしい。ツァイトスマン。
「すみませんロイドさん。実は一つだけチョコに貰い
物の"梅干し"というものを混ぜてみたんです。本当
は自分で味見をするべきだったんですが、うっかり他
のと混ざってしまって出来なかったんです。時間がな
くて代わりを作れなかったのでそのまま出してしまっ
たんですが。そんなに美味しくなかったですか?」
ティオのジト目が突き刺さる。
「そ、それは」
「さっきは手作りなんだから愛情がこもっていれば大
丈夫ってご自分で言ってましたよね」
「た、たしかに」
「なら、おいしくなかったとしても私はきちんと食べ
てもらいたいです」
ぐはっ、これは負けた。完敗だ。
「そうだぜロイド。ちゃんと食べてやらないとティオ
すけに失礼だろ」
「そうね。女性の手料理を拒むなんて失礼すぎるわ」
「そうだそうだー」
もう俺には味方がいなかった。
「わかった。きちんと残りを食べるよ」
「うん。それでこそロイドね」
残っていた一口大のチョコを意を決して食べる。
正直キツかった。これは食べ物なのかと思ったが、
今度はきちんと食べきる。
それを見届けたエリィがみんなに一人一人袋に入れ
たチョコを差し出している。
「今度はわたしね。はいロイド、どうぞ」
袋から取り出すと俺に手渡されたチョコは市販のも
のと大差ないくらいの出来だった。
「ありがとう、エリィ。それじゃいただきます」
ティオのと違ってエリィのはちゃんとしたものだろ
う。
と、高をくくっていた。
「ぶはっっ。かっらぁぁーーー」
また噴射。今度は激辛だ。
「またかロイド。きたねぇな」
「ロイドさん。学習してください」
今度はティオとランディに諌められる。
二人が何でもないところを見るとどうやら普通のチ
ョコらしい。なんで俺だけ……。
ちなみにティオはまたツァイトの体を拭いている。
そのツァイトの顔に心なしか青筋が立っている気が
する。
スマンツァイト。わざとじゃないんだ。
「おめでとうロイド。あなたが食べたのは当たりの
チョコで"ハバネロ"というものを混ぜてみた袋
なの。いわゆるロシアンチョコね」
激辛チョコを出して謝る素振りも見せないエリィは
そんなことを言った。
「いや、これどう考えても罰ゲームじゃないかな」
「酷い。一生懸命作ったのに。愛情があれば大丈夫な
んじゃなかったの?」
エリィは顔を下に向けてまるで泣いていますの仕草
をする。
またこのパターンか。
「わかってるよ。全部食べます」
ティオのに続いてエリィのまで。今日の俺は運がな
さすぎる。
2回ほど辛さで意識を失いかけたが、持ち前の体力
で何とか踏みとどまる。
鍛えておいてよかった。日頃の筋トレの習慣に
感謝。
「それじゃ最後はキーアだね」
トリを務めるのはキーア。
もうキツイのを2人分も食べたんだ。昨日までの不
安なんてもう関係ない。
何でもどーんと来い。
「へへ、キーアのはその人用のチョコにして
みたんだ」
「お、俺の名前が書いてあるじゃん」
包み紙を開けてみると、なるほど、確かにロイドと
ホワイトチョコで書かれている。
「それではまず私から」
ティオが待ちきれなくてまず先に口に入れる。
「っっ!!!!!」
するとティオは目を白黒させながらキッチンへと向
かってしまった。
「なんでロイドじゃなくてティオちゃんが?」
どうやらエリィの中ではそういう役回りは俺がする
ことになっているみたいだ。
「えへへ、ティオのは確か青唐辛子を入れたんだよ。
あとみんなにも他の味を入れてみたんだ♪」
「「「「「!!!!!」」」」」
ティオ以外に走る緊張感。
これはもうチョコという甘美なものではなくなって
しまった。
サバイバルに足を踏み入れている!!!
「みんなにいっぱいアイジョウ込めたからちゃんと食
べてね♪」
戦場に咲く一輪の笑顔。
これでもう後には引けない。
「よ、よし、次は俺が行こう」
ランディが名前入りチョコを齧る。
途端に表まで走って行ってしまった。
「ランディのはタバスコを入れたんだ♪」
さらばランディ。俺と同じ気持ちになってくれ。
「今度は俺だな」
課長は年長者らしく冷静に振る舞っている。
だがよく見ると微妙に手が震えている。
あのいつも飄々としている課長をここまで追い込む
なんて。恐ろしいものだチョコというのは。
「っっ!!!!」
一口食べた課長はティオと同じくキッチンへと駆け
込んでしまった。
「課長のはドリアンとかいう珍しい果物を混ぜたんだ
♪」
あれか。噂に聞く世界一不味いという果物の
王様か。
そんなものどこで手に入れたんだ?
みんなの様子を見て、まだ特殊チョコを食べていな
いエリィはかなり怯えている。
「どうしたエリィ。キーアの手作りチョコなんだぞ。
食べないなんて失礼じゃないか」
さっきの仕返しとばかりにエリィに発破をかける。
「え、ええ。わかってるわよ。きちんと食べるわよ」
するとエリィは怯えつつも自分のチョコを口に入れ
る。
「!!!!!」
案の定、エリィもキッチンへと向かってしまった。
「エリィのはお酢を入れてみたんだ♪健康にいいんで
しょ?」
「あ、ああ。そうだな」
俺は言葉を濁しながらも肯定する。
正直、量にもよると思う。
そこでエリィと入れ替わりにティオが戻ってきた。
一口食べただけのはずなのにダウン寸前だ。
「それじゃこれ。ツァイトの分♪」
「!!??」
まさか自分にまで用意されているとは思わなかった
ツァイトはひどく驚いている。
「はい、あーん♪」
ツァイトの目の前に出されるチョコ。
俺たちの苦しみ方を見ていたツァイトは正直食べた
くはないだろう。
だが神狼の、そして普段からキーアの警護をしてい
るメンツにかけて、キーアの顔に泥を塗るわけにもい
かないと判断したのか、
「ワオーン」
一声鳴いて食べ始めた。
神狼でも苦しむのだろうか。
しかし、ツァイトは何事もないように全部食べてし
まった。
「な、なんで?なんでツァイトだけ平気なんだ?」
「ツァイトのは何でもない普通のチョコだったようで
す」
「あれ?ツァイトにも何か入れたはずなんだけどな」
キーアはああ言っているが、食べた本人が平気なら
それはそれで一番いい。
特殊チョコを食べても平気なんて。すごいなツァイ
トは俺たちより立派だ。
声に出せない賛辞を贈る。
「それじゃ最後はロイドだね。どうぞ、召し上がれ♪」
「あ、ああ。うん。それじゃいただきます」
正直さっきの二つに比べればなんてことはないだろ
う。
経験値って大事だなと感じた。が——
「………」
バタン。
「ロイドさん!?大丈夫ですか?」
ティオがびっくりして呼びかける。
俺が食べるころにはみんなが戻ってきていたのでみ
んなも寄ってきた。
「おい大丈夫かロイド?そんな演技することはないん
だぜ」
いや演技じゃない。これはホンモノだ。
「あ、あはは。思わず気絶しちゃったよ」
「いや、思わずで気絶はしないだろ」
「どう?エリィ達もこのチョコ食べてみない?」
道連れを、コホン。仲間を増やそうとそんな提案を
してみる。
しかし——
「ダーメ。このチョコはロイドのために作ったんだか
らちゃんとロイドが食べて」
「ぐっ」
キーアの言うことはもっともだ。
しかしこのチョコは格が違いすぎる。危険信号がガ
ンガン鳴っている。
「キーア。ちなみにロイドさんのには何を入れたので
すか?」
ティオが疑問に思ったのか、俺のチョコの中身を尋
ねる。
知りたいが、知ったら知ったで更に食べられなくな
る気がする。
「えへん。ロイドのはね、ティオやエリィ達全員分の
チョコのミックスなんだ。だからきちんとロイドに食
べてほしいんだ」
………え、えーと。それはつまり——
「なるほど。ロイドのチョコには5人分の愛情が込め
られているわけか」
復活した課長がそう解釈する。
「いやー、羨ましいなロイド。キー坊の愛情が俺たち
の5人分も込められたチョコを独り占め出来るんだも
んな」
「そうね、妬けちゃうわ」
「まったくです」
「そんなチョコをおいそれと他人に食べさせたり残し
たりしたらキー坊はショックで寝込んじまうぞ」
「そうね。もう立ち直れなくなっちゃうかも」
「そうなったらKYを通り越してご愁傷様ですね」
もう腹を括るしか生き残る道は残されていないよう
だ。いや、生き残れるかも怪しいけど。
「ロイド。いっぱいアイジョウ込めたんだからちゃん
と残さず食べてね♪」
「ああ。それじゃ改めて」
男にはどんなに困難な壁にぶち当たっても、乗り越
えなきゃいけない時がある。
今がまさにその時だ!!!
「いただきます!!!」
俺は全部食べきった後、薄れゆく意識の中でこう思
った。
「もうチョコはこりごりだ!!!」


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