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■親父フェニックス

【タイトル】 世界の狂信者 最終章
【作者】 親父フェニックス

 何某かに挑む際、『エイドスの加護を』と
送り出すことは当たり前だ。それは私達が信仰するもの
が空の女神エイドスであるからだ。
 だから私達は
それを教えてくれた七耀教会を支持している。
 その七耀教会の封聖省が管轄するのが
通称『早すぎた女神の贈り物』古代遺物である。一般の
者が現物に触れる機会はまずないと言っていい。
私がその機会を頂けたのは偏に職業によるものだ。

 教会が見つける前に見つけた、ただそれだけだ。
そしてそれを今、私は後悔しているのかもしれない。
その古代遺物は私にある想像を強制させたのだから。

 ゼムリア文明が崩壊して既に1200年という歳月が
流れた。崩壊からの500年は後に暗黒時代と称されるほ
どの混迷の世界だった。
それを変えたのが現七耀教会である。
現在では教会の本拠地はアルテリア法国という国にま
で発展し、その浸透は大陸全土に及ぶ。
私も七耀教会の教えを幼い頃より聞かされ、
それが当たり前と考えていた。
しかし何故だろうか、
あの古代遺物を見た瞬間から、
異常と言っていいほどの疑問が頭の中を支配している。
異常。そう、異常だ。
私の脳内、思考、仮定はこの世界にとって異常なのだ。
そんなことは百も承知である。

しかし今の私にとっての何よりの異常とは、
七耀教会が絶対の教えということを皆が信じているとい
うこの状況なのである。

 既にこれを文字として残している時点で
私の未来はないのだろう。
しかし私は
私の考えを埋もれさせることができなかった。
狂者の妄言と捉えられるのか、それともこれ事態がなか
ったことにされるのか、それはわからない。
しかしこの世界で、この世界こそを異常と感じた人間
が存在するという事実を少しでも残したい。
だから私はここに記載する。私の全てを。

 ゼムリア文明はその隆盛を極めていたはずだ。
その技術が現在の水準を大きく上回っていたことも周知
である。
それが崩壊したという過去を私達が受け入れたのは、
その崩壊というものが天変地異、自然災害によって成さ
れたということを信じているからだ。
自然に人間は叶わない、なればこそ人間という生物で
括れば私達に激しく勝るゼムリア文明隆盛時の人間が滅
びたことを受け入れられる。
なればこそ、
その人間の崩壊を救済めされた七耀教会を、空の女神を
信仰しているのだ。

 ならば。
ならば、その大前提が崩れ去ったのなら。

 私は空の女神を信仰している、それは事実だ。
だからこそ私は女神に対する叛逆者として消えなけれ
ばならないのだろう。
それが私の最大最期の信仰心の表れだ。

 ゼムリア文明の崩壊が、
人為的なものであったとするならば。
後の暗黒時代を変えた七耀教会の立場は
どのように変化するのだろうか。
空の女神に一点の汚濁を捧げる結果になるだろうか。

 最後に私の名を記載して、この呪いを完遂する。
そう、これは呪いなのだ。
これを読み、僅かでも疑念を抱いてしまったら、
もう同じ世界には戻れない。

 ようこそ、私と同じ世界へ。

Prof, Alba

■親父フェニックス

【タイトル】 郷愁
【作者】 親父フェニックス

 リベール南部にある工業都市ツァイス、その南端部に
あるのがエルモ村である。
東洋の様式を多く取り入れたそこは、
その独特な雰囲気と、名物になっている温泉が
旅行者の疲れを癒す観光名所である。
そしてその名物を一手に引き受けているのが紅葉亭。
エルモ村の裏山には源泉がありそこから温泉を引いてい
るが、村の広場にある公共のものを除けば紅葉亭にしか
引かれていない。
それはポンプ室の大きさ故のことかもしれない。

 その女将をしているのが通称マオ婆さんである。
正確な齢はわからないが、中央工房のラッセル博士と旧
知であることを踏まえれば
それぐらいの年齢なのだろう。
紅葉亭は厨房のエド、販売のアディ、清掃他手伝いの
リーシア、そして彼女で切り盛りしている。

 露天風呂というものはリベール人には馴染みが浅いの
で敬遠するものもいたが概ね好評で、本日も上々の客入
りだった。
突飛なものもいない。かつては風呂場でリュートを弾
くという剛の者もいたが、それもない。
マオは勘定台で頬杖をついた。

「はぁ……」

 ため息が零れる。別に悩み事があるわけではない。
不意に空いた時間によって空気が吐き出されただけだ。
しかし他者にはそう見えなかった。

「マオ婆さん、何かあったの?」

 そう言って顔を覗き込むのはリーシアである。
その顔を見てマオが思ったのは、
この子はオリビエさんに夢中だったね、
という感想だった。

「なんでもないよ」
「ならいいけど……」

少々不満そうに消えていくリーシア。
その後姿を見てまたため息を一つ。
なんてことはない、最近のマオの関心は半年前ほどに
お手伝いとして雇ったリーシアなのである。
今までは村にいる子どもの中では年齢が高いことも
あってかお目付け役といった立場にいたが、
それでも現状に不安を覚えていたのだろう、
掃除の手伝いを申し出てきた。
マオとしてもそれに文句はない。
仕事ぶりにも文句はない。
しかし、ちょっとした感情を揺さぶられた。
成人というには若いが年頃の少女。
その長い青みがかった髪。

「あの子ももう十七か……」

 脳裏に過ぎるのは故郷の風景。その中で楽しげに走る
一人の少女。小柄で、そして笑う少女は次第に身体を大
きくしていく。
しかし顔は見えなかった。当然である。
もう何年も会っていないのだ。
成長した顔はわからないが、しかし美人であることだろ
う。身体も均整は取れているはずだ。

「はぁ……今頃何してるかねぇ……」

 マオはリベールを故郷と思っている。
しかし久しく見ていない家族に似た姿に懐古の念を
覚えるのは仕方のないことだった。

 どこかにいるだろう孫を想ってマオは空を見上げた。
温かな木の天井が見えた。

「くしゅ」
「あらリーシャ、風邪?」
「そんなはずないですけど……
(内気功でひきませんし)」


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