≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫

■親父フェニックス

【タイトル】 タベテナイヨ?
【作者】 親父フェニックス

 それは、休日の午後の静寂を打ち破った。

「あああああーーーー!!」

それを皮切りに足音がドタドタと木霊し、
いつもの面子が一堂に会した。

「なんだってんだ!?」

ランディが叫ぶ。その視線の先は調理室の扉だ。

「ただ事じゃありません」

ティオは冷静に、しかし心配気に言う。

「とにかく行こう!」

ロイドの言葉に頷き、そして三人は地獄の釜を開けた。

 三人が調理室に入って見た光景、
それは冷蔵庫を開けたまま硬直するエリィだった。

「え、エリィ……?」

 ロイドは恐る恐る話しかける。それも当然、硬直する
エリィの背中は恐怖だとかそういうマイナスの雰囲気を
出してはいない。いやマイナスはマイナスなのだが、
それは不安に思っているとかそういうことじゃない。

 怒りに燃えている。
メラメラと精神世界で奮える炎が見える。
三人の顔は青ざめた。

「————ねぇ……」

ゆら、と。陽炎のように振り向いたエリィに三人は縮み
上がり、ロイドの伸ばしかけた手は空間に固定された。

「え、え、エ、エエエエエリィさん……?」
「なぁにティオちゃん?」

 にっこりと笑うエリィが怖い。そう言えたらどんなに
救われることか。その女神のような微笑でティオの精神
はガリガリと摩り減った。
ティオの危機に立ち上がったランディが言を繋ぐ。

「な、なにを怒ってらっひゃるんでひょうかぁ?」

どもり噛んだランディはそれでも男だった。エリィの魔
眼を懸命に耐えている。
そしてエリィの口から原因を聞くことに成功した。

「キーアちゃんのために作っておいたプリンがないの。
あなたたち、知らない——?」

 知らない、の件で正面から熱い吹雪が吹いてきた。
がくがくと震えるティオの前に立った男二人は
その両手で必死に顔を守りながら答える。

「し、し、知らない!」
「お、俺もだ!
てぃ、ティオすけも知らねぇってよ——っ!」

ちなみにティオは何も言っていない。言葉が言えない状
態なのだ。
その答えにエリィはあらあらと困ったように笑う。
手の甲が顎に当てられた格好は考える人に似ているが、
それは氷の微笑を湛えている。

「じゃぁあ誰が食べたんでしょうねぇ。
ロイド、捜査官資格持ってるでしょ?
犯人捜してよ?」

この場に来れば自供します、と言いたかった。しかし
怖くて言えなかった。
この場は頷きとりあえずの安心を勝ち取ろう。
そう判断して肯定の意を伝えんと口を開いた。

「俺が食べました……——あれ……?」

 しかし何故か違う言葉が出てきた。
おかしいな、これじゃあまるで犯人のようだ。
吹雪が止んだ。しかし助かったとは思えなかった。
なぜならそれは嵐の前の静けさ、
津波の前に潮が引くのと同じだからである。

「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふ……」

おかしいな、視界が滲む。ロイドはそう思い、
そして自分が涙を堪えているのを自覚した。
俺はここで死ぬ。そう思った。

「ロイドォーーーーーーーーー!!!!」

 ここに事件は終焉を迎えた。
遊びに来た子にあげたという真実は曝せなかった。

■親父フェニックス

【タイトル】 蓮のネコと見えない糸
【作者】 親父フェニックス

 少女が最初に見たとき、
そのネコは既にそこにいました。

「ネコさん、危ないよ」

 少女は言います。
無理やりにでも移動させたいと少女は思いました。
だってそのネコは大きな池の、
その上に浮かんでいる蓮の葉に載っているのです。

 少女は母に相談することにしました。
しかし母を連れてその池に行った時には
既にそのネコはいませんでした。
次の日、少女は再び池に行きました。
するとそこにはまたネコがいたのです。
灰色の毛並みの深い青の瞳は少女をジッと見つめます。
少女はまた母親を連れてくるか悩みましたが、その時
遠くから少女の友達がやってくるのが見えました。
友達と一緒に考えよう、そう思ってネコを見やった時、
そのネコはいなくなっていました。

 少女は毎日その池に通い、そして自分が一人でいる時
だけネコがいることに気付きました。
誰かが来るといつもいなくなってしまいます。
でも
どうやっていなくなっているかはわかりませんでした。

「ネコさんはどうしてそこにいるの?」

 ネコはずっと少女を見つめているだけで
ピクリともしません。
しかし少女には、ネコが自分の言葉を
理解してくれているという
不思議な感覚がありました。

 いつしかそのネコと時を過ごすのが
当たり前になっていました。
誰とも遊ばず、ただ不思議なネコに話しかける毎日。
それでも少女はとても楽しかったのです。
でも、段々と友達が少女から離れていることには
気付きませんでした。

 そんなある日、
少女がその池に向かうと人だかりができていました。
一体どうしたんだろう、そう思いながら少女は
その中に見知った人を見つけて話しかけます。

「マルクおじさん、何があったの?」

 マルクおじさんは
少女の隣の家に住んでいるクマみたいな男の人です。
マルクおじさんは
少女の問いに困惑した表情で答えます。

「よくわからないんだが、
どうやら魔獣がいるらしいんだ」

こんな人だかりにネコはいないと思いながらも
少女はやはり心配になり、
人だかりの間を潜り抜けて中に入りました。
するとそこにはいつものネコがいました。
そして、魔獣の姿は見えません。
不思議に思う少女に追いついたおじさんが言いました。

「あれが魔獣らしいんだが……」
「そんなわけないわ。あれはネコさんでしょう?」
「うむ。
だが村長が言うにはあれは不吉を呼ぶんだそうだ」

 少女はネコを見ました。
相変わらずその瞳は少女を見つめています。
するとネコは急に立ち上がったかと思ったら、
なんと池に飛び込んでしまったのです。

「あっ!」

沈んでいくネコを呆然と見つめる人たちの中、
少女は不意に胸に痛みを覚えました。
そしてそう思った瞬間、少女は何かに引っ張られるよう
に池に落ちてしまいました。

「大変だ!」

おじさんの声が聞こえましたが、
もう少女は深い水の中。
段々と霞んでいく意識の中、
少女は自分の胸を見ました。
そこには真っ白な糸が繋がっています。
そして糸の先には、
ジッと見つめるネコの瞳がありました。


≪前頁 ・ 第7回展示室へ戻る ・ 次頁≫