■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(1)
【作者】 J・S

 逃げた理由は特になかった。
 施設に不満があったわけじゃない。
 美味い飯、快適な寝床。
 外に出たいとさえ言わなければ欲しいものはある程度
手に入った。
 自分でも恵まれた環境だったと思わなくはない。
 だが、それでもそこに居たくはなかった。
 お前は天才だと褒められるのは別に嬉しいことでも
なんでもなかったし、第一全てがつまらなかったのだ。
 無菌室に閉じ込められたような窮屈さ。
 常に無機質な目に観察されている気持ち悪さ。
 進歩はしているが、感動も何もなく、
ただ淡々と進むだけの日常。
 好奇心を持て余した思春期の人間にとって、
そこはただただ退屈な場所でしかなく。
 刺激が欲しくて、施設のセキュリティを破壊して
逃亡を図った。
 それが、始まりの10日前の話。

 自分でも今までよく生き残れたと思った。
手には血塗れた石と木の棒、そしてエネルギー切れを
起こしたエニグマ。
目の前には頭部を破壊されながらも痙攣をやめない
魔獣が一体転がっている。
「はぁっ…はぁっ……くっそ…ぉっ!!」
山越えの疲労と空腹で悲鳴を上げる身体に鞭打って、
石を振りかぶる。よろめくが気合で投擲。
石は上手いこと魔獣の頭部にクリーンヒットし、
哀れな命を絶つことに成功した。
ようやく倒せた安堵で膝から力が抜け、
その場に座り込む。背後の大木に頭をぶつけたが、
感覚が麻痺しているのかそれほど痛くは無かった。
「はぁっ…はぁっ……ちぇ…何だよ、こいつ…。
セピスしか持ってないのかよ……。
空腹の足しにもならないじゃん……」
空腹を満たすための狩りのつもりだったが、
当ては完全に外れてしまった。
この魔獣の成獣は食料になると知っていたが、どうやら
今倒した物は幼獣だったらしい。
幼獣は大抵毒などの自衛手段を持っているので食用に
適さないのだ。
疲労と空腹に徒労感が加わり、自然と空を仰いだ。
「ついてねぇ…」
大陸中で信仰されている空の女神をふと思い出す。
そんなものが居るのなら、今すぐ自分を助けて
欲しいもんだ。
面倒な時にだけあてにされるのは女神にとっては
迷惑だろうが知ったことではない。
(もう、ダメだな、こりゃ…)
こんなことなら施設に居れば良かった…といまさら
後悔しながら、遠のく意識から手を離す。
限界だった。
好奇心はやはり猫を殺すのだ。

■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(2)
【作者】 J・S

 ピタピタと頬を叩かれる感触に気付いた。
 目を開けることすら億劫なのに、その感触は無遠慮に
意識に割り込んでくる。
 あまりの鬱陶しさに気力だけで腕を持ち上げて、
頬を叩くものを払いのけた。
 だが、このまま死のうと意識を手放そうとすると、
またしてもピタピタと頬を叩かれる。
 払いのける。
 叩かれる。
 払いのける。
 叩かれる。
 繰り返し。
 ふと、払いのけている物の感触が冷たくしっとりした
ものであることに気付いた。
(…?まさか…?)
 思考が答えに達するよりも前に、身体は反射的に
起き上がっていた。
 全身の筋肉が抗議の悲鳴を上げる。しかし、
気にしている余裕はなかった。
 振り向くと、そこにはブヨブヨとした黄色い
ゼリー状の魔獣が鎮座していた。
 どうやら頭部に生えた2本の触角(?)で自分の頬を
叩いていたらしい。
 魔獣は叩いていた対象がいきなり起き上がったことに
驚いたらしく、少し後退っていた。
「な…なんだ、お前…?」
 間抜けな質問だとは分かっていたが、聞かずには
いられなかった。
 もちろん答えは返ってこなかったのだが。
 その時、ようやく地面についた手に何かが触れている
ことに気付いた。
 チーズの欠片、だった。
 慌てて黄色い魔獣の方を見やると、何故かそいつは
照れたようにそっぽを向いた。

 奇妙な旅が始まってしまった。
黄色いブヨブヨした魔獣は何故か襲ってくるような
ことはなかった。
襲ってくるどころか、食料を調達したり、他の魔獣と
交渉(多分)したり、道案内したりと、何故か世話を
焼いてくれる。
日が昇り始めると、最初に会った時と同じように頬を
ピタピタ叩いてくるのには辟易したが。
一人と一匹。実に奇妙な組み合わせだった。
第一、魔獣がこんな事をするなんてデータを自分は
全く知らない。
最初は罠と警戒していたが、やがて自分のことを
少しずつ話している自分に気付き苦笑。そして諦めた。
一度は死んだも同じもの。地獄でも煉獄でも何でも
付き合ってやろう、と。
つまりは開き直ってしまったのだ。
ただ、この魔獣が自分をどこに連れて行こうと
しているのかは全く分からなかった。
こちらの話は判るようだが、相手はしゃべらない為
その意思を汲み取ることが出来なかったからだ。
だが、この妙な旅は中々に面白いものだったように、
今なら思う。

次頁≫

   <受賞作品一覧 ・ ノミネート作品一覧>