■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(5)
【作者】 J・S

「何故!?何でこんな時にチーズなんだ……よ……?」
 巨大魔獣の動きが止まった。
 広い地下空間の中には水音と、先ほど巨大魔獣が
暴れた際に破損した、壁などの破片が落ちる音だけが
響いている。
 どうやら巨大魔獣は献上品のチーズに見とれている
らしい。それ以前に、何故黄色い魔獣も巨大魔獣も
チーズに食いつくのだろう?
 …と思っていたのもつかの間、黄色い魔獣の身体が
再び吹き飛んだ。
 グチャリと異音を響かせながら、黄色い魔獣が落下。
床に黄色いゼリーがだらしなく広がる。
 献上品作戦は失敗だったらしい。
「……マジ、かよ……」
 冷や汗が流れる。
 魔獣との交渉の仕方など分からない。
 それ以前に、あの黄色い魔獣が人懐こかったことが
異常だったのだ。
 元々手元にカードなど無かった。
 ここまで来て諦めるしかないのか…。
 覚悟を決めて目を閉じた。
 閉じるしかなかった。

 だが、いくら待っても攻撃を受ける気配は無かった。
それどころか、水音くらいしか聞こえてこない。
「……?」
恐る恐る目を開けてみる。
巨大な水色の魔獣は、居た。
場所は変わっていない。
耳を澄ますと水音に混じってかすかにピチャピチャと
音がする。
どうやら献上品のチーズを取り込んでいるらしい。
チーズ……。
慌てて黄色い魔獣も探す。
黄色い魔獣は…居ない?
先ほど伸びていた場所には既に何も無い。
痛む首をめぐらせるが、姿は見えない。
「ま…まさか……?」
死んだ…?
自分を守るために…?
同族(形から判断して、間違いないと思う)に
殺された…?
吐き気とともに何かが込み上げてくる。
「ば…馬鹿なヤツ……くそっ…!!」
頬を伝うものをぬぐう気力も無い。
ただただ、短い付き合いだったあの妙な黄色い魔獣の
ことが悲しくて仕方が無かった。
涙は冷たい床に染み込んでいった。

 ピタピタ。
ピタピタ。
ピタピタ…パチンッ。
「い、いってぇ……!?」
涙でグチャグチャに歪んだ視界に黄色いものが映り
こんでいる。
黄色い、もの…?
急いで瞬きを繰り返す。
痛む腕を気力だけで動かして、袖で顔をぬぐう。
「……あ」
予想通り、あの黄色い魔獣が頬を叩いていた。
出会ってからずっと、起こす時にやっていたのと
同じように。
また視界が滲み出す。
「ま、全く…お前ってヤツは…」
だが、黄色い魔獣の方は再会を喜ぶ気配など見せず、
立ち上がるよう促してくる。
「……?」
ゼリー状でやや頼りない魔獣の身体を支えに、
傷だらけの身体を立ち上がらせる。
自立しようとするとぐらつくが、何とか歩くくらいは
出来そうだった。
(…まだこんな体力が残ってたんだ…)
チーズに夢中になっている巨大魔獣には目もくれず、
黄色い魔獣は奥へ奥へと誘おうとする。
足を引きずりながら後を追う。
地下施設の奥へ、奥へ。

■かずぃ

【タイトル】 逃避行の果てに(6)
【作者】 J・S

 黄色い魔獣が立ち止まった先には無愛想な扉が一枚。
「…ここ、かよ?」
 黄色い魔獣は触角(?)で扉を開けるように促す。
 扉にはセキュリティー用のロックがかかっていた。
が、子供だましの単純なもので、簡単に外れた。
ジオフロント自体が閉鎖された区域なので仕方が
無いのかもしれない。
 そっと扉を開ける。
 ヴーンと機械の唸る低い音が耳朶に響く。
 懐かしい、音。
 扉から差し込んだ光が、内部で稼動する導力端末を
照らし出した。
「……!!!」
 痛みも全て忘れ、手は無意識に導力灯のスイッチを
探し出す。
 バチン。
 やけに大きな音が響き、室内が明るくなる。
 部屋には大型の導力端末、それも最新鋭とまでは
いかないが相当に新しいものが据えられていた。
「これ…は……!!」
 急いで駆け寄り、保護用シートを外して
ディスプレイをオン。
 キーボードにかかっているカバーを強引に剥ぎ取り、
指を走らせる。
 間違いない。これこそ求めていたものだ!!
 そこでようやくここまで連れてきてくれた黄色い
魔獣のことを思い出す。
「わ、悪い、調子に乗っちゃって。ありが——」
 降り返るが誰もいない。
 扉まで引き返し、部屋の外も確認する。
 しかし、黄色い魔獣の姿はどこにもなかった。
「何だよ……」
 端末前まで戻り、やはりカバーのかかったままである
回転椅子に沈み込んだ。
(せっかく素直に礼でも言おうかと思っていたのに…)
 回転椅子を軋ませながら扉を見つめる。
 ふと、扉の陰になるにあたりに何かが落ちている事に
気が付いた。
 近づいて確かめる。
 小さなチーズ、だった。

 …ここまでが自分、ヨナ・セイクリッドが
クロスベルに至る話である。
格好つけ過ぎだって?うるさいなぁ。
全部フィクション?そう思いたいやつはそう思えば
いいさ。別に俺はどっちでもかまわないし。
え?あの黄色い魔獣はどうなったって?
……さあ?どっかでのたれ死んでるんじゃねぇの?
もうこの話は終わり!用がないならとっとと帰れ!!
俺は仕事とピザを食べることで忙しいの!!
……あん?最後に一つ質問、だ?
何だよ?
チーズは好きか?
……もう、帰れってば!!どうでもいいだろ、
そんなことは!!
ったく、面倒くせぇっ……。

 ……帰ったな?
おい、出て来いよ。
……。
だから出て来いってば!!
一緒にピザでも食おうぜ?

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