クレールとサフィーユ -CLARE
AND SAPHIRE-
「・・・・・・・・!!」
少女はベッドの上で跳ね起きた。荒げた息を少しずつ整えながら額に吹き出た汗を拭った。そして恐る恐る自分の手を見た。
白く細い指、丸い桜色の爪をもった右手がそこにあった。ほぅっと息をつき、窓に目をやると、窓から見える円い月は仄かに地上を照らし、闇を和らげていた。
(また、あの夢・・・・)
震えは止まらなかった。このまま目を閉じると、夢の映像がまた見えてしまう気がした。再度深くため息をついた後、少女はベッドから抜け出し、中庭の芝生へ行き腰を下ろした。
「クレール。そこにいるのはクレールなの?」
不意に背後から声が聞こえた。
「サフィーユ・・・・」
サフィーユはクレールの傍らに寄り、腰を下ろした。
「また、夢を見たのね・・・・」
サフィーユはぽつりと言った。
「ええ・・・・」
あの時のことが夢であったなら、どんなによかったろうと、クレールはもう数え切れないくらい思った。先祖代々受け継がれてきた、彼女の中に宿る不思議な力。クレールは、その呪われた力をそれと知らずに解放してしまった・・・・。
クレールと母の骸が発見されたとき、村の者は獣の仕業として片付けた。・・・・だが自分だけは真相を知っている。それを打ち明けられない自分、そして何よりも、自分の呪われた力とそのために死んでしまった母。
クレールの小さな胸には余りある事柄が、クレールを押し潰そうとした。絶望と恐怖で言葉を失ったクレールは、父に疎んじられ、僧院に預けられることになったのだった。
「ねえ、クレール。わたし、思うんだけど・・・・。きっとクレールのような苦しみを背負った人のほうが、強く優しい人になれるんじゃないかなって。」
クレールは、親身に接してくれるサフィーユにすら、真相を打ち明けられないでいた。
「誰でも苦しみや悲しみを持っているわ。それを乗り越えた後、その苦しみや悲しみの分だけ、人に優しくできると思うの。」
クレールの沈んだ表情を見て、サフィーユは話題を変えた方がよいと感じた。
「くすっ。どうしたの、クレール。せっかく巫女に選ばれたんじゃないの。明日は神の塔へ旅立つのよ。そんなことじゃ、いけないわ」
「サフィーユ、あたし、やっぱり巫女には向いてない。サフィーユの方がよっぽど・・・・」
「待ってちょうだい。そんな情けない顔しないでよ。落ちたあたし達が馬鹿みたいじゃない」
「そうじゃないの。私はサフィーユのように、呪術の力もない。おちこぼれだもの」
「クレール。貴方は誰にでも好かれる、大事な資質があるわ。呪術の力はなくても。神様にお仕えするには、十分すぎるほどの優しさがある・・・・」
「サフィーユ・・・・」
「巫女様には深い考えがあって、あなたを選んだのよ。さあ、もう寝ましょう。明日は早いわ。100日間の修行の旅は、楽じゃないわよ」
サフィーユは微笑むと、自らの寝室へ入って行った。
「ありがとう、サフィーユ・・・・」
クレールは寝室に戻った。
まどろみの中で彼女の頭に浮かんできたのは、いつかの森の出来事だった。 |