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■ミーク・スゥーガー

【タイトル】 アメジスの森
【作者】 ミーク・スゥーガー

 昔、山深き森に村があった。
 山を迂回する街道沿いで宿場町の風情もあり、他の村
よりは大きかった。
 そこでは古くからの商家が代々村長を務めており、口
伝えによって、大切な言い伝えが残されていた。

 『大きな災厄無く暮らすことが出来るのは、山に狼の
姿をした守り神様が住んでいるから。
しかし、降り掛かる災難から皆を守ってくれるが、神
様としてはまだ若く、時に気まぐれで、気性は荒く乱暴
で…時には、生け贄も要求なさる』と。

 古い金庫の中に納められた、ふちがぼろぼろの分厚い
帳面には、村の歴史が書き残されているのだが、今まで
三人の女性の名前が記されていた。
彼女達が記された行の前には、事件や災難が記されて
おり、後の行には、それらが無事に過ぎ去った
事が記録されていた。

 『生け贄』

 本当だろうか。

 記録を読む限りでは、一番最近でも百年以上前の事。
当時を覚えている者も居ない。
何十年も事件や災難に見舞われず、穏やかな日々。
村人達は生け贄などただの伝説、またはお祭りや儀式
だったのでは、という程度にしか考えていなかった。

 そんな日々は、ある年の原因不明疫病の蔓延により一
気に崩れ去った。
情報網の強い商団達により、あっという間に広まり、
街道を通る者は村での宿を避ける様になった。

 立ち寄る者が居なり、村は寂れ、多くの村人達は疫病
にかかり、倒れた。

 どうすれば良いのか村長は悩み、様々な対策を取っ
たが、事態は悪化するばかりで。

 ーー生け贄を要求なさる

 最終的には、過去の伝承にしか、村長にはもう頼るす
べが無かったのだ。

 生け贄には、教会の孤児の少女が選ばれた。
九年前に、眼も開かないうちに、教会の前に捨てられ
ていた。
村で産まれたのなら、都会ではないしすぐ親が見つか
ると思うのだが、彼女は素性が全く分からなかった。

 優しく健やかに育ち、亜麻色の髪と紫の瞳の印象的な、
大人しい子であった。

 村長としても本意ではなかったが、天涯孤独の彼女以
上の適任者を思いつけず、神父を説得し、少女は村の四
人目の生け贄となった。

 口の良くない村人達の『村で育てたんだ、当然だ』な
どと言う声もあったが、皆多少の罪悪感を感じていた。

 当日、幼い少女が一人で山に行く姿を見送る村人もい
た。涙を流す者もいた、けれど、止める者は居なかった。

 そして、少女も歩みを止めなかった。

 恨み言も言わず、一度だけ後ろを振り返り笑うと、山
の中に姿は消えた。

 二週間後、早くも村は普通の姿を取り戻していた。
ひと月後には、元の活気ある宿場街となっていた。

 村長はあの分厚い帳面を開いた。
だが、すでに疫病の蔓延と、少女の名前、そして現在
の村の様子が記されていた。
自分以外は記す事は無いのに、おかしいと思いながら
首をひねっていると、気配を感じて窓に眼を向けた。

 ーー…サミシインダッテ…

 言葉が響いた気がした。 
窓には小鳥が数羽居ただけで、すぐ飛び立ってしまっ
た。小鳥達は、日暮れの空を、山の頂へと消えて行ったの
だった。


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