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■夕霧

【タイトル】 本当に守るもの
【作者】 夕霧

リベール王国から導力停止現象を引き起こした輝く環が
消え、平穏が戻ったルーアン。
その北区の石橋から海を眺める男が一人。
ニック・フラーレン、元情報部特務兵。
彼は悩んでいた。
アリシア王女からの恩赦で軍復帰可能を申し渡された。
本当なら喜ぶ所だが、自分は迷っている。
情報部のリベール改革案に燃えたあの時、リシャール
大佐が神にも見えた。しかし夢は予想外の遊撃士の
攻勢で儚くすぐに散り、信念は一気に冷めた。
自分達はただ国を強くして、10年前、戦争を
仕掛けた帝国にも負けない国にしたかった。
ただそれだけだった・・。
信念が冷めた瞬間と王都襲撃で王国軍の惨敗を見て、
国を守りたいという意志の炎が消えかけていた。
「俺は、どうすれば」
「うふふ、先客は初めてね」
横を見ると、いつの間にか女性が座っている。
「貴女は」
「マチルダよ、元特務兵のお兄さん」
「!?」
ニックの顔が思わず強張る
「なぜ・・分かった」
ニックがすぐに平静を装いながらマチルダに聞く、
彼女は微笑みながら
「海や風、鳥がささやいて教えてくれるように、
あなたの雰囲気を感じ取ったの」
「それは凄い能力だ」
彼女を見ると、それは嘘でないとニックは感じる。
「どう、お兄さん。何かの縁だし、私で良ければ
ここで悩んでいる事、吐き出してみたらどう?」
少し砕け口調で話すマチルダ、明らかに慣れてないと
ニックは感づいた。しかし、この砕けた感じと、彼女の
悟った表情から滲み出る、彼女の優しさから直感で何か
安堵を感じ、彼女なら話せるかもとニックは思い
「じゃあ・・聞いてもらおうか、実は・・」
ニックは淡々とした口調で今までの事を話す。
マチルダは海を眺めながらも、耳を傾け聞く。
「これが俺の現状だ」
すべてを話し終えると、ニックは息をつく、
心なしか、気分も軽くなる。
「一つ質問してもいい?」
マチルダがニックの方を向き問う。
「ああ、いいよ」
ニックは応える。
「じゃあ、あなたは国を守りたいの?
それとも国民を守りたいの?」
「それはもちろん・・・・」
ニックは言葉に詰まる、何故か言えない、
マチルダはやっぱりと呟き
「あなたは国を考えていた、しかし、
本当の価値は考えてなかった」
「・・・」
何も言えない。
「あなたは富国強兵の考えの基、国民を傷つけた、
あなたがしたかった事はなに?国民を傷つける為に
軍に入ったのかしら?違うでしょ?国の未来は情報部が
決めるのじゃない、未来ある子供、働く大人、この国
全員で決めるのであって、貴方達が決めるのでない。
本当に国を思うなら、軍に戻りなさい」
マチルダは言いきると、また海の方へ向く。
そうか、俺は考えてなかった・・真の価値を、
守るべきものを・・
「やり直せるかな・・」
「え?」
ニックの呟きにマチルダは振り返る。
「俺は・・本当にやり直せるかな?」
その言葉に彼女は微笑み
「ええ・・きっと」
彼女の言葉は、どの言葉よりも信頼が持てた。
彼の心に、真の守る心の炎が灯った。


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