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■りんらん

【タイトル】 指輪を渡す日
【作者】 りんらん

 日はすっかり落ちて、辺りは道の脇に設置された
導力灯と月明かりが照らすのみだ。
 そんな中、クロスベル警察の正面口から一人の男が
歩み出てきた。捜査一課の一員、ガイ・バニングスだ。
 ガイは、帰ると告げていた時間からは
少し遅くなってしまったな、と足早に住宅街の方へ
路地を通り抜けた。
 弟…ロイドには、出掛けに死ぬ気で仕事を
終わらせてこいと怖い顔で凄まれた。
状況を慮ってくれた同僚と上司には
感謝せねばなるまい。
 帰途を急ぎながらジャケットのポケットに手を
突っ込んで、そこに入っている四角い箱を、
確かめるようにもてあそぶ。
 緊張する。
 俺の柄じゃないわな、と思いながらも、
緊張するものは緊張するのだから仕方がない。
 先日ガイは恋人であるセシルに結婚を申し込み、
イエスの返事を貰って晴れて婚約した。本日は、
婚約してからはじめてのセシルの誕生日だった。
 プロポーズの時には指輪を準備出来ていなかったので
この機会を逃しちゃ駄目だろ、とロイドにも
セシルの親友、イリアにも発破を掛けられ
用意した指輪が、ガイのポケットの中の箱には
おさめられていた。
 頼んでもいないのに、ガイが指輪を選ぶ時に
ついてきたイリアの意見を取り入れつつ
ガイの選んだ指輪は、小さめの石が嵌った
シンプルなシルバーのリングで、イリアにも
悪くないわねと言わしめたデザインである。
 ガイは住宅街を通り抜け、タリーズ商店の傍に出た。
ベルハイムは目と鼻の先だ。
 なんと言って渡そうかという考えは
何度か頭を過ぎったが、その度に
その時にならんと解らんと考えるのをやめた。
 そうして先送りにしていた言葉を告げるその時が、
近づいていた。

 セシルの誕生日は、隣家で祝う予定になっていた。
もうパーティーは始まっているだろう。
ガイは自宅に寄り荷物を下ろしてから、
隣家の呼び鈴を押して声を掛けた。
「ガイです。遅れてすんません」
楽しそうな声のしていた室内が呼び鈴の音に反応して
一瞬静かになり、すぐに聞き慣れた弟の声が
扉の中から響いた。
「開いてるよ!」
ロイドの声を契機に、扉の向こう側に
楽しそうな声が戻ってくる。
むしろ、より笑い声が目立つようになっただろうか。
これは、なんか企んでるかな。
そう思いながらも、ガイは躊躇わず扉を開いた。
瞬間、何発かの破裂音と共に紙吹雪とリボンが舞い、
部屋にいた全員のお帰りなさいという声が
ガイを迎える。
「ただいま。…皆。主役さしおいて
俺にやってどうすんの」
本日の主役ことセシルは、ロイドと顔を見合わせた。
「セシル姉もこうやって出迎えたけど、
クラッカーがまだあったから…」
「ガイさんにもやりましょうって、私が言ったの」
ねーと笑い合うセシルとロイドの姿に、
ガイはまったく、と苦笑する。
ジャケットの上からポケットの中身を確かめた。
渡す時の言葉はまだ思いついては居なかったけれど、
最初の言葉は決まっていた。
「誕生日おめでとう、セシル」


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