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■畑荒らし

【タイトル】 守るべきもののために
【作者】 畑荒らし

 「早く逃げるんだ!」

 襲撃をアトラクションと勘違いしたイリアさんを
私に押し付け、彼——ロイド・バニングスは怒鳴
った。おそらく目的地の警察本部へと駆けていった
者達の中にセルゲイだけでなく一課のダドリーまで
いるとは驚いた。
だが、今頃はそこも襲撃されているはず。一行の
後から大挙して警備隊が押し寄せる。ウルスラ医科
大病院で目にした光景を思い出す。ルバーチェの
連中と同じだ。グノーシスに操られ、己の意志を
失いし者達の持つ武器に、最新の導力戦車まであ
ったのには恐れ入る。さすが警備隊というところ
か。そしてそれが奴の目当てでもあったのだろう。
多勢に無勢とはこのことだ。しかし私にはどう
にもできない。短い間とはいえ、彼らとは行動を共
にし、信頼関係すら生まれかけたのだが。
なぜなら私にも守るべきものがあるからだ。幸い
奴らは抵抗さえしなければ、一般市民には手を出さ
ない。今のところは。
私は物見高いイリアさんをなだめすかして劇場内
に引きずりこむ。背中に銃声を聞きながら。皆に声
をかけて扉や窓を閉め切った。

 物心つく前から刺客として育てられ、殺し合い騙し
合いを常としてきた。だが、一人前として一族に認
められ、単独でクロスベルの仕事を受けた私にはもう
一つの運命が待っていた。
旅人を装い、根無し草としてこの街に潜もうとした
のに、たまたま見かけたアルカンシェルの練習風景
に身も心も引き込まれてしまったのだ。
見たこともない、躍動する身体の美しさに知らず
知らず己が身体も動いていたらしい。金色の光をまと
った女がいきなりつかつかとやってきたかと思えば、
人のことを上から下までじっと眺め回し、何かと思う
間もなく勢いよく抱きつかれた。完全なる不意打ち。
「あなたを待っていたのよ」と言う声がこの街の
鐘の音のように私の中に鳴り響いた。

 高い跳躍は敵を欺くためでなく、落下の勢いでと
どめを刺すためでなく、美しい舞を見せるため。身に
つけた運動能力は闇に紛れて殺すためでなく、光の当
たる場所で己の技を見せるため——全てが今まで教え
られたことと正反対だった。
かつて暮らした場所で私は自分が選ばれた一族で
あるという誇りも植えつけられていた。平凡な暮らし
を劣ったものと考えていたはずなのに。今ではイリア
さんをはじめ、主役をはる人達から大道具のおじさん、
会場警備の人達とまで笑顔で話せるようになっていた。
同じ夢を共有し、実現するためにそれぞれが持ち分を
果たす。そのことに上下も身分もない。彼らは皆、私
の仲間だった。否、私が彼らの仲間となったのだ。

 生きることに他の選択肢が存在することすら知らず
にいた私に別の道もあるとイリアさんは教えてくれた。
それはロイド、あなたも同じだ。未熟でありながら
挑戦を諦めず、時には敵と手を組むことも辞さぬ強か
さに私は一つの可能性を信じた。
運命が我等を駒にと選んだのなら、再び見えること
もあろう。その時まで、しばしの別れだ。

■畑荒らし

【タイトル】 夢の中で
【作者】 畑荒らし

 気がつけば、柔らかい緑色の光に包まれていた。
 足元はふかふかと快い弾力。草と苔のじゅうたんだ。
廃墟に面したそれほど暗くない森の中には、ところど
ころ上から陽の光が差してくる。上からの光がまっす
ぐ降りて、地面にゆるくまるく円を描いてかすかに揺
れている。

 これは夢だとわかっている。夢の中の私は胸の高鳴
りを抑えきれず、草のじゅうたんの上をかける。私と
あの子しか知らない秘密の場所へ。うれしさを表すス
テップを踏んで、くるりと回り、小さく跳ねる。草が
散り、緑の香りを放つ。ひっそりと咲いていた白い花
が私の起こした風で揺れる。さわさわと木々も揺れる。
「今日は何をして遊ぶの?」と聞いてくる。
さあ、今日は何をして遊ぼうか。二人で新しい踊り
を作ろうか?それとも木の上で一緒にばあやが作って
くれた焼き菓子を食べようか?

 「ねえさま?」
あの子はいつも私より遅い。きょろきょろと見回し、
私を探している。遊びの初めはかくれんぼから。後ろ
からそっと忍び寄って「わっ!」とおどかしたり、く
すぐったりしてびっくりさせる。怒ってむくれてぷっ
くりほっぺをふくらます。それをつっつくのが私の役
得だ。
まだふくれてるあの子に「ほら」とおやつを差し出
せば、たちまち機嫌が直る。今日のおやつはにんじん
色のビスケット。

 「ねえさま、ねえさま! また、あの舞いを見せて」
あの子は、私がこの前母様から教わった森の動物た
ちの舞いがいたくお気に入りで、しじゅうせがむのだ。
私も喜んでこたえる。二人きりだから楽の音はないけ
れど、肩をすくめて小さなりすの動きをまねれば目を
輝かせ、かけすの騒がしい様子を演じればくすくす笑
ってくれた。手の動き、足の運び、どれ一つにも意味
がある。あの子は私の動きをまねて繰り返す。

 私の可愛い妹。母様は私たちのどちらも素晴らしい
舞い手になれるとおっしゃった。まだ小さいけれど、
一緒に踊ると時間を忘れてしまうくらい楽しかった。
私の大きな跳躍をまねてちっちゃく跳ねる。まだしり
もちをついてしまうけれど、時々は空中でくるっと回
れるようになった。とても覚えが早くて誇らしくなる。
私たちが舞うと、まるで森の中に花が咲いたように
木の葉や花が飛び、渦を巻く。静かな森の中に、た
たたたっと私たちの足音が響く。呼吸が早くなる。掛
け声に合わせて私たちは息をそろえて跳び——そし
てあの子がしりもちをつく。
「あーあ」と私がため息をついてみせる。
「ねえさま、ずるい。あたしももっと高く跳びたい。
もう一回やろうよ」
口をとがらせて悔しがるから根負けしてしまう。
「わかったわ。じゃあ、今度は——」

 そこでいつも目が覚める。一番幸せだった頃。母様
もあの子も一緒だった幼い頃。広い寝台は大人のもの。
森の香りはすでになく、甘い香がたきしめられている。
ここは女神の意志を争う「姫」のためにあつらえられ
た部屋。あの子はもう、いない。


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