The Legend of Heroes: Hajimari no KISEKI
This is the End, as well as the Beginning ─
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III & IX
3と9
第9巻

怒りと読み

Anger & Conjecture

「ナインンンン!!!!」

悲痛な声を上げながら、スリーはナインの元へと駆け寄る。

額、口、手、脚……体中に血痕が散乱し、幼い少女はあまりにも無残な姿になっていた。

いくらスリーが呼びかけても、返事が返ってこない。

守ると、約束した。何があっても守ると、自分に誓った。

それなのに……自分のあまりの不甲斐なさに、スリーは全身を業火ごうかで焼かれるような感覚にとらわれた。

そこで、エンペラーが口を開く。

「まだ息はあるか? あるなら、君がとどめを刺すといい。そうすれば命を助けてやる。あの時のようにな」

何かが自分のなかで弾ける音を、スリーは聞いた。

「兄妹仲良く同じ相手、同じパートナーに殺されるなら、それも本望だろう」

兜の陰に隠れているにもかかわらず、その醜悪しゅうあくな顔がハッキリと目の前に浮かんでいるようだ。

「貴様ぁ…エンペラーああぁぁぁああああああ!!!!!!」

体のなかを彷徨さまよっていた、自分に対してのやり場のない怒りが出口を見つけたかのように、一気に爆発した。

脚が動く。腕が動く。喉が震え、骨がきしみ、血がほとばしる。怒りがスリーの体を駆動させ、エンペラーへと襲いかかる。

もともと素早いスリーの斬撃がもっと速く、もっと力強く、荒れ狂う暴風のように目の前の敵を飲み込もうとする。

応戦するエンペラーはまたも重力を変化させていくが、その「変化」そのものに、スリーは段々と慣れていく。

なかば本能に身を任せているスリーは、それ故に感覚が鋭敏に作用し、凄まじい速さで順応していく。

徐々にスリーの攻撃をさばききれなくなったエンペラーは、何度かその斬撃を受けたが、それでも余裕の表情が消えることはない。

「野獣となったか。道具に意思など必要ないとはいえ、こうも理性の欠片すら感じられないとなると、もはや滑稽!」

事実、エンペラーはほぼダメージを受けていない。

派手に動き回るスリーはいっけん優勢のように見えなくもないが、実際はまだエンペラーの手のひらの上で踊っているようなものだ。

ふと、スリーはナインの言葉を思い出す。

思い出せたのは彼の心の奥がまだ“冷静”さを保っていたからだ。

3年前とは違い、怒りに身を任せた自分自身を、冷静に、冷徹に見つめているもうひとりの自分がいる。

いつでもストッパーをかけられるが、そうしないほうが事態を良い方向に運べるかもしれないと思い、あえて止めなかった。

スリー自身は気付いていないが、いま彼が行っている「感情をコントロールし、さらにそれを力に変換する」という行為は、武術の達人であってもそうそうできるものではない。

『攻撃を受けた瞬間にその対象の重力を吸収する鎧』ナインはそう言った。

たしかにいくら斬ってもまるで手応えがない。

斬っても殴っても無駄なら――内部を爆発させるまで!!

普通ならこの状況でお手上げかもしれないが、スリーにとってはむしろ相性が良いとも言える。

スリーは両手それぞれの剣を合体させ、一本の大剣として構え直す。そして――斬る!

彼の剣は二本の剣でそれぞれ同じ場所を斬り、合体させた三本目の剣でもう一度斬ることで、内部を爆発させるという特性を持つ。

エンペラーにはすでにかなりの斬撃を浴びせ、何ヶ所も双剣を交差させた。

残るは一工程のみ、この大剣で同じ場所を斬りつければいい。

さきほどの勢いを保ったままスリーはエンペラーに斬りかかる。しかしなぜか当たらない。狙った位置から必ず1、2リジュ外れてしまう。

スリーのこの“点撃爆発”を発動させるステップとして、一撃目と二撃目は斬撃の線と線を交差させればいい。しかし三撃目はその線と線が交差した“点”を正確に捉え、その一点に斬撃を加えなければならない。

当然三撃目の難易度は劇的に跳ね上がる。それでもスリーはそれを命中させる自信がある、その技量もある。それなのに当たらない。

エンペラーはまるで喜劇を観賞しているかのようにスリーを見て笑っている。

「道具の性能も知らない使い手がどこにいる? 君の攻撃方法も、その武器の特性も、すべて把握しているのだよ」

その言葉を証明するかのようにスリーの斬撃がまたずれる。

そしてすかさず来るエンペラーからの反撃。杖の一撃が最適な角度でスリーへ撃ち込まれる。

理由は、分かっている。

攻撃が届く寸前で重力が変化しているのだ。まさに絶妙のタイミング。その一瞬で軌道を修正するなど、到底不可能だ。

杖による重力波の攻撃は接触しない限り発動しないが、当たってしまえばその衝撃は極めて大きい。

スリーは相手の攻撃を全て剣で防ぎ、あるいはそらしていたが、それすらもエンペラーの思うつぼ。

接触さえしていれば、クリティカルな一撃でなくても衝撃によるダメージは確実に蓄積されていく。

いつまでも有効打を与えられずにいるスリー。

対して確実にダメージを蓄積させていくエンペラー。

勝負の行方は明白で、くつがえす手も見えない。

幾度となく繰り返された攻防で、スリーはすでにボロボロになり、今にも倒れそうになっていた。

その時――いつも眠たげな“あの声”が響いた。

「解析……完了」

よろよろと、倒れ込んでいたはずのナインが立ち上がる。

「なん…だと」

エンペラーから驚きの声が漏れる。

「ナイン! 大丈夫か!」

倒されたフリをして敵を解析しているのではないか、という可能性をスリーも考えていた。だが、確信はなかった。

ナインはわざとスリーになにも告げず、なにも合図しないままでいた。そうしなければエンペラーに見破られる恐れがあったからだ。

「大丈夫よ、ただのかすり傷。体の前に糸を張ってたから、岩の勢いがかなり削がれた」

とてもかすり傷の状態には見えないが、とりあえず致命傷は避けられたようだ。

スリーはいったんエンペラーと距離を取る。今度は慎重に3人の位置関係を意識しながらナインに近づく。

「アイツの重力を操る能力、その弱点は、瞬時に発動できないこと」

「どういうことだ?」

「アーツのような駆動は必要ないけど、アイツが重力操作をする時は必ず、数秒のタイムラグをおいてから、その効果が発動してる。落石した瞬間に防げなかったのはこれが理由なの」

「だが、さっきの攻防は一撃一撃を絶妙なタイミングで変化させていた。あれはどうやったんだ?」

「全部、読んでたの。アイツが、すーちゃんの動きを全部」

「なっ!?」

「全部読んで、全部予測して、全部前もって操作したの」

「そんなことが、あり得るか!?」

古代遺物アーティファクトを持っているからじゃない、その戦闘センスを持っているから、だからアイツは化物なの」

そこでエンペラーが低い笑い声を上げる。

「知ったところで結果は変わらない。君の戦いかたはもはや手に取るように分かる。スピード、パワー、剣の軌道、癖……長年身に染みた戦いかたは急には変えられない」

「すーちゃん」

「ああ、分かってる。終わらせよう」

視線を交わし、うなずき合う。そして二人は改めてエンペラーと対峙たいじする。

最高速度でスリーが踏み出す。

剣をかかげ、斜め上へ斬り上げてのダッシュ斬り。当然のようにエンペラーはそれをかわし、反撃を繰り出す。

最初の数合はフェイント混じりの前準備。

互いにそれを知っており、本命の一撃に備える……ここだ!とエンペラーは見極め、重力を操作する。

予想通り、スリーは半歩速く剣を突き出し、2回も“マーキング”した一点を狙う。

重力が変わり、剣の軌道がわずかにそれる………が、まるでそれを予測したかのように、それた軌道は正確な位置へと向かっていく。

エンペラーは強引に身を退き、すんでの所でそれを回避した。

今のスリーの動作は、前と何かが違う。そう思ったのも束の間、エンペラーに次の斬撃が襲い来る。

今度もタイミングと軌道を予測して重力操作をする。

しかし――バンッ!!―――曇った爆発音が響き、エンペラーの鎧の一部と左腕がダメージを受けた。

「バカなッ!!?!」

間髪入れずに、もう一閃。バンッ!!―――今度は右脚が損傷する。

一体なぜだ!?

動きを予測して実行した重力操作を、さらに予測して事前に軌道を修正していた!?

自分の読みを完全に上回ったというのか!?

そんなことが、スリーにできるわけが――そこでようやくエンペラーが気付いた。スリーの体に何本もの透明な糸が巻き付いていることを。

糸がつながる先は言うまでもなく――ナイン。

ナインは別に操り人形のようにスリーを操作しているわけではなく、適切なタイミングで、適切な角度、適切な方向へとスリーを誘導する。

エンペラーの読みをさらに読んで攻撃の軌道を修正し命中させる。それができるのは彼女の頭脳の優秀さはもちろんのこと、誰よりもパートナーのスリーのことを理解しているからである。

スリーが戦場でどう動き、どう戦うのか、彼女はいちばんよく理解している。自然とスリーの戦いかたにどう対処すべきかも知っている。ならば、その裏をかけばいいだけのこと。

「小娘が――!!」

エンペラーが初めて怒りをあらわにする。

彼は先程のように岩の弾丸をナインにぶつけようとしたが、いま自分が立っている場所に飛ばせるものがないことに気づく。

スリーとナイン、どちらの意思によるものかは分からないが、意図的にこの場所へ誘導されたことは間違いないだろう。

さらなる怒りがこみ上げるエンペラー。ならばいっそ、この手で直接なぶり殺すか……そう思い、周囲の重力場を弱めて高速でナインへと向かっていく。

「来るの、待ってた」

エンペラーの進行方向、空中に突如として巨大な岩が現れる――おそらくアーツによるものだろう。

「くだらん」

同じ手が2度も通用するとでも思っていたのか、しかも今回は奇襲ですらない。

重力場の領域に入った岩を、エンペラーは杖で容易たやすく破壊した。

――そこで、彼の運命が決まった。

岩に隠れていた、ウサギのぬいぐるみがエンペラーの前に現れる。

「なっ!?」

それがただのぬいぐるみでないことをエンペラーは知っている。だがすでに遅い。

パンッッ!

――目の前でぬいぐるみが爆発した。襲い来る熱波と光に押され、反射的に脚を止めてしまう。

そして次の瞬間――バンッ!!

―――背中からスリーの斬撃を受け、鎧が爆発する。

「終わりだ――」

砕け散った鎧の一点――突き出したスリーの剣が、エンペラーの胸を貫いた。

TO BE CONTINUED
"III & IX" Whole volume
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